世辞笑いをした。
「これこれお半、香具師がな、お前に何か呉れるそうだ。それを機会に仲宜くするよう」
「まあまあ左様でございますか。この妾への下され物、さあ何んでございましょう」お半の方は柔かく笑った。
「はいはいこれでございます」
壺と吹管とを取り出した。
「唐土渡来の幻覚眠剤、この吹管へ詰めまして、寝乍ら一服喫いますと、何とも云えない美しい夢を見つづけるのでございます」
「これはこれは不思議な薬、ほんとに可い物を下さいました」お半の方の涼しい眼が、この瞬間キラキラと光った。
「香具師、そいつは本当かな」宗春は如何にも興ありそうに「本当にそんな夢を見るのかい?」
「何んの偽り申しましょう。極楽の夢、お伽噺の夢、珊瑚の夢、琥珀の夢、はいはい見えるのでございますとも」
「俺も一服喫って見たいものだ」
「では今晩めしあがりませ」お半の方は意味ありそうに云った。
一六
「ねえ殿様」とお半の方は、溶けるような媚を作り「いろいろ珍らしい機械だの、眠剤などを戴いた上は、何か此方からも香具師殿へ差し上げなければなりますまい」
「うん、いい所へ気が付いた。お前何か欲しいものは無いか」
「はいはい有難う存じます。さあ只今は是と申して……」
「ふうん無いのか、慾の無い奴だな」
「おお殿様、こうなさりませ」お半の方が口を出した。「物慾の無い香具師殿、物を遣っても喜びますまい。それよりご禁制の天主閣の頂上へ上るのをお許しになり」
「これこれお半、それは不可ない」宗春は鳥渡驚いたらしく「家来共が苦情を云おう」
「ホッホッホッホッ」とお半は笑った。「六十五万石のお殿様が、家来にご遠慮遊ばすので」
「莫迦を云え」と厭な顔をした。「何んの家来に遠慮するものか」
「ではお礼として香具師殿を、天主閣へお上《のぼ》せなさりませ」
「香具師、お前は何う思うな?」
「これは結構でございますなあ。あの高いお天主へ上り、名古屋の城下を眺めましたら、さぞ可い気持でございましょう」香具師の眼はギロリと光った。
「うん望みなら上らせてやろう。よし家来共が何を云おうと、一睨みしたら形が付く」
「はいはい左様でございますとも」お半の方はニンヤリと笑った。「香具師殿。お礼でございます」
「お半の方様ありがたいことで」
こう香具師は嬉しそうに云ったが、腹の中では不思議であった。
「ははあ余っぽど眠剤が、気に入
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