「珍らしい花だ。眠花だ。唐土渡来の眠花だ」
「唐土渡来の眠花だって?」香具師はチラリと眼を顰《ひそ》めたが「折角だが用はねえ」
「お若えの、お若えの」老人の声は尚つづいた。「天主で聞える唸り声! 止すがいい、一人占めはな!」

     七

「む」と香具師は息を詰めた。
 途端に写っていた鏡面の、老人の姿がフッと消えた。後には蒼茫たる月光ばかりが、鏡一杯に溢れていた。

 小林九兵衛の報告を聞くや、尾張中納言宗春は、ひどく香具師へ興味を持った。
 そこは豪放活達の彼で、香具師を城内へ召すことにした。使者の役は九兵衛であった。さぞ喜ぶかと思いの他、香具師は迷惑そうな顔をした。
「ご領主様のお召しとあっては、お断わりすることも出来ますめえ。だが条件がございます。先ず扮装は此儘の事。次に言葉も此儘のこと、どうも坐ると足が痛え、で、胡座《あぐら》を掻かせて下せえ。それから話は直答だ。これで可ければ参りやしょう」
 これには九兵衛も驚いて了った。一旦城へ引き返し、宗春侯の御意を訊いた。
「名人気質、却って面白い。かまわないから連れて参れ」
 そこで九兵衛はかしこまって[#「かしこまって」に傍点]、ふたたび香具師を訪れた。
「へえ然うですかえ、感心だなあ。流石はご三家の筆頭だ。どうもお心の広いことだ。ようがす、夫れじゃァ参りやしょう」有り合う布呂敷へ模型を包んだ。「こいつあ殿様へのお土産だ。喜んで下さるに違えねえ。只の模型じゃァ無えんだからな」ヨイショと背中へ引担いだ。駕籠へ乗れと進めても、いっかな香具師は乗ろうとしない。表門からは通せない裏門へ廻われと九兵衛が云うと、香具師は不機嫌な顔をした。
「不浄な人間じゃァあるめえし、なんで裏門から通るんですい。面倒臭えなあ俺は帰る」
 とうとうこんなことを云い出して了った。そこで玄関から上ることにした。広大華麗な城内の様子も、一向香具師には感じないと見え、平気でノシノシ歩いて行った。通された部屋は孔雀の間で、襖から欄間から衝立から、孔雀の絵模様で飾られていた。
 出て来たのは宗春であった。
「おお香具師か、よく参った」宗春は気軽に声を掛けた[#「。」なしはママ]「胡座を掻け、寛ぐがいい」そうして自分も胡座を掻いた。
「よいお天気でございます」香具師はペコンと辞儀をしたが「何かご用がござんすそうで?」
「うん」と云ったが宗春は、じっ[
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