」
こう云い乍ら、模型屋敷の小川の一所に飛び出している、[#底本では「。」]小さい岩型の痣の頭を、香具師は指先でチョイと押した。と、洵《まこと》に不思議にも、水が瞬間に無くなって了った。と思う間もあらばこそ、屋敷の四方から其水が、沸々盛り上って湧き出して来た。そうして見る見る屋敷の四方をグルリとばかりに取り巻いた。門の影や土塀の影や、木立の影がその水面に、逆に映っている態は、小さい小さい竜宮城が、現出したとしか思われない。
「さて大水が現れて屋敷の周囲を取り巻いた。百人の敵が襲って来ても、悠に二日は防ぐことが出来る。次に此処に竹藪がある。これが又非常に重大な武器だ。ひっ削いで火に燻らせ、油壺の中へザンブリと入れたら、それで百本でも二百本でも、急拵えの竹槍が出来る。が、これは真竹に限る。八九の竹や漢竹では、鳥渡そういう用には立たねえ。……ところで屋敷の裏庭にあたって、石灯籠が一基ある。こいつが只の石灯籠じゃあねえ。嘘だと思うなら証拠を見せる。おおお立合い、誰でもいい、鳥渡台笠へ障ってくんな。遠慮はいらねえ障ったり障ったり」
群集の中に職人がいたが「おお親方俺が障るぜ」
云い乍ら腕をグイと延ばし、灯籠の台笠へ指を触れた。途端に轟然たる音がして、石灯籠の頂上から、一道の烽火《のろし》が立ち上り、春日|怡々《ついつい》たる長閑の空へ、十間あまり黄煙を引いた。
あまりの意外に群集は、ワッと叫んで後へ退ったが、これは驚くのが当然であろう。
群集の中に立ち雑《まざ》り、香具師の様子に眼を付けていた。[#「。」はママ]尾張中納言宗春は、此時スタスタと歩き出したが、境内中門の前まで来ると、ピタリとばかり足を止めた。
「九兵衛、九兵衛!」と侍臣を呼んだ。
近習頭の小林九兵衛は「はっ」と云うと一礼した。
「其方、あの香具師を何んと思うな?」
「は、どうやら怪しい人間に……」
「うむ、些《いささか》、怪しい節がある。築城術の心得があり、しかも火術にも達しているらしい」
「いかがでござりましょう、縛め取りましては?」九兵衛は顔色をうかがった。
「いやいや待て待て考えがある。……其方、此処に警戒し、彼奴の様子を窺うがいい。立ち去るような気勢があったら、はじれぬように後を尾行け、その住居を突き止めて参れ」
「かしこまりましてござります」
そこで宗春の一行は、九兵衛を残して帰館した。
前へ
次へ
全43ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング