日は一向元気がない。
そういえば緋鯉の藤兵衛にも、さっぱり元気がないのである。二人、しばらく物も云わない。
「近頃浮世が面白くないよ」
やがて云ったのは弥左衛門である。
「うん、そうだろうな俺もそうだ」
緋鯉の藤兵衛もものうそうである。
「長兵衛親分がああなって以来、俺ア眼の前が真っ暗になった」
「相手の水野一統は、ピンシャンあの通り生きていて、なんのお咎めもないんだからなあ」
これが弥左衛門には心外らしい。
「それにさ唐犬《とうけん》の兄貴達が、水野を討とうと切り込んで、手筈狂って遣り損なってからは、いよいよお上の遣り口が、片手落|偏頗《へんぱ》に見えてならねえ」
これにも弥左衛門は不平らしい。
「うん、そいつだよ、偏頗だなあ」
緋鯉の藤兵衛も不平らしく、
「爾来お上では俺達を、眼の敵にして抑えるんだからなあ」
「兄弟分の大半は、遠島の仕置にされてしまった」
「町奴の勢力も地に落ちたよ」
「そいつも水野をはじめとし白柄組の連中のお蔭だ」
「その連中がよ、どうかというに、近来益々のさばり[#「のさばり」に傍点]居る」
「夜ふけて通るは何者ぞ、加賀爪甲斐《かがづめかい》か泥棒
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