の釣鐘が私に役立たせてくれたからで、目出度い釣鐘、有難い釣鐘、さあさあそれでは元の座へ」
 龍頭を掴むとグ――ッと引き上げ、肩へ[#「肩へ」は底本では「肩え」]担ぐと弥左衛門、だし[#「だし」に傍点]の上へそっと置いた。
「さあさあ皆さん景気よく、奉納寄進しておくんなせえ」
 声を掛けると美しい女や男達、ドッと喜びの声を上げ、すぐに続けて賑やかな囃、それからだし[#「だし」に傍点]を引き出した。無事に寄進が出来たのである。
 見ていた群集も賞讃し、
「釣鐘様! 弥左衛門様!」
「釣鐘の親分! 釣鐘弥左衛門!」
 ――爾来人々弥左衛門を、釣鐘弥左衛門と称したが、それ程の釣鐘弥左衛門も、兄分と立てなければ[#「なければ」は底本では「なけれは」]ならなかった[#「ならなかった」は底本では「ならなっかた」]のは、緋鯉《ひごい》の藤兵衛という町奴であった。


 ある日と云ってもずっと後だ――寛文年間のことである。
「兄貴おいでか」と云いながら、訪ねて来たのは釣鐘弥左衛門。
「これは釣鐘、珍らしいの」
 こう言ったのは緋鯉の藤兵衛、長火鉢の前に坐っている。
 向かいあって坐った釣鐘弥左衛門、今日は一向元気がない。
 そういえば緋鯉の藤兵衛にも、さっぱり元気がないのである。二人、しばらく物も云わない。
「近頃浮世が面白くないよ」
 やがて云ったのは弥左衛門である。
「うん、そうだろうな俺もそうだ」
 緋鯉の藤兵衛もものうそうである。
「長兵衛親分がああなって以来、俺ア眼の前が真っ暗になった」
「相手の水野一統は、ピンシャンあの通り生きていて、なんのお咎めもないんだからなあ」
 これが弥左衛門には心外らしい。
「それにさ唐犬《とうけん》の兄貴達が、水野を討とうと切り込んで、手筈狂って遣り損なってからは、いよいよお上の遣り口が、片手落|偏頗《へんぱ》に見えてならねえ」
 これにも弥左衛門は不平らしい。
「うん、そいつだよ、偏頗だなあ」
 緋鯉の藤兵衛も不平らしく、
「爾来お上では俺達を、眼の敵にして抑えるんだからなあ」
「兄弟分の大半は、遠島の仕置にされてしまった」
「町奴の勢力も地に落ちたよ」
「そいつも水野をはじめとし白柄組の連中のお蔭だ」
「その連中がよ、どうかというに、近来益々のさばり[#「のさばり」に傍点]居る」
「夜ふけて通るは何者ぞ、加賀爪甲斐《かがづめかい》か泥棒
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