、大将軍まで走って来た、もう直ぐにも小北山へ来る。……ああもう[#「もう」に傍点]小北山も通り過ぎた、いよいよ平野へやって来た。……衣笠山! 衣笠山! 衣笠山の裾まで来た!」
ほんとにどうしてそんなこと[#「そんなこと」に傍点]が、この唐姫には解るのだろう? 月光に反射して朦朧と、鏡は光っているばかりである。そんな人影など映《うつ》っていない。
それにもかかわらず唐姫にだけに、そういうことが解るのなら、唐姫という女には、特別に違った感覚が、備わっているものと見なければならない。
と、唐姫は立ち上った。
「もう間もなく遣って来よう! 私達の住居《すまい》の秘密境、処女造庭境の入口へ! 乳母!」と云ったが威厳がある。「お呼びお呼び、家来達を!」
「はい」と云うと老女の浮木は逞しい声で呼ばわった。「姫君お呼びでございますぞ! 方々お集りなさるよう!」
声に応じて数十人の人影が森の四方から現われた。刳袴《くくりばかま》に一刀を帯び、織人|烏帽子《えぼし》を額へ載せ、黒の頭巾で顔を包んだ、異形の風采ではあったけれど、これこの時代の庭師なのであった。
唐姫の前方数間の手前で、膝折敷いて下
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