売りは売ったが金を返し、買い戻そうと申すのだ、何が不足で返さぬと云うぞ! 返辞によっては用捨せぬ! 懲しめるぞよ、どうだどうだ!」
 こう云ったが右近丸は感付いた。「ははあ儲けが欲しいのだな」そこで今度は穏しく、「成程なるほど考えて見れば、お前は商人《あきんど》古道具買、せっかく手に入れた品物を、元価《もとね》で返しては商売になるまい。よろしいよろしい増金をしよう。青差一本余分につける。これでよかろう、さあさあ返せ」
 だが香具師の猪右衛門は相手にしようとはしなかった。
「駄目だアーッ」と再び呶鳴《どな》ったが、思量なくベラベラ喋苦《しゃべ》り出した。「これお侍に娘っ子、聞け聞け聞け、聞くがいい、奈良朝時代の貴女人形、返しゃアしねえよ、返すものか! 青差一本は愚かのこと、黄金幾枚つけようと、返すものかア、返すものかア! オイ!」と云うとヒョイと進み、白歯を剥いて笑ったが、それから尚も云い続けた。「と云うのは他でもねえ、この人形の胎内に、大事な秘密があるからよ。唐寺の謎! 唐寺の謎!」
「おっ!」と叫んだは右近丸である。「ううむ、汝《おのれ》どうしてそれを?」
「知っているのが不思議かな
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