だろう?」
文字を見詰めて右近丸は、しばらく熟慮したけれど、意味をとることは出来なかった。
で、そのまま書物を閉じ、帙へ入れると書棚へ返し、それから改めて卓《たく》の上の、人形を取り上げて調べたが、奈良朝時代の風俗をした、貴女人形だというばかりで、これと云って変わったところもない。
悉皆目算は外れたのである。
失望をした右近丸は、佇んだまま考えている。
同じように失望した娘の民弥は、これも佇んで考えている。
唐寺の鐘の鳴る頃である。夕の祈りをする頃である。永い春の日も暮れかかってきた。
「明日また参るでございます」
別れを告げた右近丸が、民弥の屋敷を立ち出でたのは、それから間もなくのことであった。心にかかるは謎語であった。
「『くぐつ、てんせい、しとう、きようだ』……何のことだろう? 何のことだろう?」
南蛮寺の横を歩いて行く。
森右近丸が帰ってしまうと、やっぱり民弥は寂しかった。そこで一人で牀几《しょうぎ》に腰かけ、窓から呆然《ぼんやり》と外を眺め、行末のことなどを考えた。
窓外の春は酣《たけなわ》であった。桜はなかば散ってはいたが、山吹の花は咲きはじめていた。紫
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