き》から群集の中にまじり、巫女の様子をうかがっていたが、思わず呟いたものである。
「洛外《らくがい》北山に住んでいて、時々|洛中《らくちゅう》に現われては、我君を詈り時世を諷する、不思議な巫女があるという、困った噂は聞いていたが、ははあさてはこの女だな。よしよし後をつけ[#「つけ」に傍点]てみよう。場合によっては縛《から》め捕り、検断所の役人へ渡してやろう」
そこで後を追っかけた。
町を出外ずれると北野になる。大将軍から小北山、それから平野、衣笠山、その衣笠山まで来た時には、とっぷりと日も暮れてしまい、林の上に月が出た。巫女はズンズン歩いて行く。若武士もズンズン歩いて行く。
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もうこの辺りは山である。鬱々と木立が繁っている。人家もなければ人気もない。夜の闇が四辺《あたり》を領している。ズンズン恐れず巫女が行く。着ている白衣《びゃくえ》が生白く見える。時々月光が木間を洩れ、肩のあたりを淡《うす》く照らす。
鹿苑院《ろくおんいん》金閣寺、いつかその辺りも通ってしまった。だんだん山路が険しくなる。いよいよ木立が繁り増さり、気味の悪い夜鳥《よどり》の啼声がする。
巫女はズンズン歩いて行く。
「一体どこまで行くのだろう?」若武士はいささか気味悪くなった。だが断念はしなかった。足音を忍んでつけて[#「つけて」に傍点]行く。
一際こんもり[#「こんもり」に傍点]した森林が、行手にあたって繁っている。ちょうどその前まで来た時であった。巫女は突然足を止め、グルリと振り返ったものである。
「若い綺麗なお侍さん、お見送り有難うございました。もう結構でございます。どうぞお帰り下さいまし。これから先は秘密境、迷路がたくさんございます。踏み込んだが最後帰れますまい」それから不意に叱るように云った。「犯してはならぬよ我等の領地を! 宏大な「処女造庭」境を!」
「おっ」と若武士は驚いたが、同時に怒りが湧き起こった。「何を女め! 不埒《ふらち》な巫女! 二条通りで我君の雑言、ご治世を詈ったそればかりか、拙者を捉えて子供扱い、許さぬぞよ。縛め捕る!」ヌッと一足踏み出した。
「捕ってごらんよ」とおちついた[#「おちついた」に傍点]声、それで巫女はまた云った。「悪いことは云わぬよ。帰るがいい、お前が穢《きたな》い侍なら、北野あたりで殺しもしたろう、可愛い綺麗な侍だったから、ここまで送らせ
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