、美しい民弥が頸垂《うなだ》れている。その前に右近丸が立っている。若くて凜々しい右近丸が。
 まさに一幅の絵巻物だ。
 さてその日から数日経った。
「物買いましょう、お払い物を買いましょう」
 こういう触声《ふれごえ》を立てながら、京を歩いている男があった。他ならぬ香具師《やし》の猪右衛門《ししえもん》である。古道具買《こどうぐか》いに身をやつし[#「やつし」に傍点]、ノサノサ歩いているのである。
 足を止めたのは南蛮寺の裏手、民弥の家の前であった。
「家財道具やお払い物、高く買います高く買います」一段と声を張り上げて、こう呼びながら眼を光らせ、民弥の家を覗き込んだ。

11[#「11」は縦中横]

 民弥の家の一つの室《へや》では二人の男女が話していた。
 その一人は民弥であり、もう一人は右近丸であった。
 父を失い孤児《みなしご》となった、民弥の身の上を気の毒がり、右近丸は見舞いに来たのである。しかし勿論一方では、殺された不幸の弁才坊が、生前研究した唐寺の謎の、研究材料を探し出し、主君信長公の命令通り、高価の金で買い求めようと、そうも考えて来たのであった。
 窓から昼の陽が射し込んでいる。室《へや》が明るく輝いている。生前の弁才坊の研究室であり、また殺された室でもあった。秘密を保とうためなのだろう、四方板壁でかこまれた、紅毛振の室である。その一方に扉がある。紅毛振の扉である。扉と向かい合った一方の壁には、巨大な書棚が据えてある。書棚には本が積んである。巻軸もあれば帙入《ちついれ》もある。西班牙《スペイン》文字の本もある。いずれも貴重な珍書らしい。扉を背にして左の壁に、穿いているのが窓である。扉を背にして右の壁に、懸けてあるのは製図である。室の広さ十五畳敷ぐらい、そこに置かれてある器物といえば、測量機、鑿孔機《さくこうき》、机、卓、牀几《しょうぎ》というような類である。窓から投げ込まれる春の陽に、それらのものが艶々と光り、また陰影《かげ》を印《つ》けている。
 極めて異国趣味の室である。
 牀几に腰かけた二人の男女、民弥《たみや》とそうして右近丸《うこんまる》、清浄な処女と凜々しい若武士《わかざむらい》、この対照は美しい。
「秘密の鍵は第三の壁、こう確かに弁才坊殿には、仰せられたのでございますな?」いずれ話の続きだろう、こう訊いたのは右近丸。
「はい、さようでござ
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