のは毒薬だ。と、ムーッと弁才坊……」
「そうかそうか、斃《くたば》ったのか?」こう訊いたのは猪右衛門。
「云うにゃ及ぶだ」と早熟《ませ》た口調、猿若はズンズン云い続ける。「で、窓から忍び込み……」
「偉い偉い、探したんだね」今度は玄女が褒めそやす。
「そうともそうとも探したのさ。目に付いたは人形だ」
「人形なんかどうでもいい、手に入れたかな、唐寺の謎?」
猪右衛門短気に声をかける。
「急くな急くな」と猿若少年、例によって早熟た大人の口調、そいつで構わず云い続けた。
「驚いちゃアいけねえ、喋舌ったのさ。うんにゃうんにゃ呶鳴《どな》ったのさ。喚《わめ》いたと云った方が中《あた》っている。『唐寺の謎は胎内の……』――人間じゃアねえ人形だ! 人形がそう云って喚いたのさ。すると隣室《となり》から民弥さんの声だ。『どうなさいました、お父様』――つまりなんだな、目を覚ましたのさ。『ワーッ、いけねえ、化物だあ!』『いよいよいけねえ、逃げろ逃げろ!』――スタコラ逃げて来たってものさ。ああ驚いた、腹も空いた、一杯おくれよ、ねえご飯を」
「ご飯は上げるが唐寺の謎は?」訳がわからないと云うように、訊き返したのは玄女である。
「唐寺の謎? 俺ら知らねえ」
「馬鹿め!」と立ち上る猪右衛門。
そいつを止めたのは玄女であった。
「まあまあお待ちよ、怒りなさんな。それだけ働きゃアいいじゃアないか。それにさ随分いろいろの為になる言葉を聞いて来たじゃアないか。『秘密の鍵は第三の壁』『この人形を大事にしろ』『唐寺の謎は胎内の……』――ね、どうだい面白いじゃアないか。ひとつ二人で考えてみよう。三つの言葉をくっ付けたら、唐寺の謎だって解けるかも知れない」
玄女は考えに分け入ったが、その間も春の夜が更け、次第に暁《あけ》に近付いた。
そうして全然《すっかり》夜が明けた時、一人の立派な若武士が、弁才坊の家を訪れた。他ならぬ森右近丸であった。
10[#「10」は縦中横]
信長の居城安土の城、そこから船で乗り出したのは、昨日《きのう》の昼のことであった。琵琶湖を渡って大津へ着き、大津から京都へ入ったのは、昨日の夜のことであり、明けるを待って従者《ずさ》もつれず、一人でこうやって訪ねて来たのは、密命を持っているからであった。
庭に佇むと右近丸はまず見廻したものである。
「春の花が妍《けん》を競っている。
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