ばかりではなかった。いろいろの書物《ほん》を読んでくれたよ。間々《あいだあいだ》間々には越中めが、世間話をしてくれたっけ。わしはすっかり[#「すっかり」に傍点]吃驚《びっくり》してしまった。ひどく浮世はセチ辛いそうだな。町人や百姓や武士までが、わしを怨んでいるそうだな。うん、越中めがそういってたよ。わしは最初は疑がったが、しかししまいには信じてしまった。そこでおれは決心したよ。これまでおれを盲目《めくら》あつかい[#「あつかい」に傍点]にした、悪い家来めを遠ざけて、越中を代わりに据えようとな。……で、ともかくもそんな塩梅《あんばい》で、今朝までおれは越中の屋敷で、暮らしていたというものさ。その今朝越中がこんなことをいった。『結社は退治られてしまいました。もはや安全でございます。お城へお帰り遊ばしませ』そこでまたもや駕籠へ乗り、以前の道を帰って来たのさ……。さあ改革だ! 建て直しだ。いい政事《まつりごと》をしなけりゃならない」
 だが不幸にも家治将軍は、その後間もなく逝去《せいきょ》した。田沼主殿頭が薬師《くすし》をして、毒を盛らせたということであるが、真相は今にわからない。
 しかし家
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