。それから指先で戸を叩いた。と、中から声がした。
「おい誰だ。名を宣《なの》れ」
「俺だよ、俺だよ、勘助だよ」
「うむそうか、女勘助か」
 ギ――と潜り戸があけられた。女の姿は吸い込まれた。八重桜の花がポタポタと散った。
 弓之助は思わず首を傾《かし》げた。「何んとかいったっけな、女勘助? ……では有名な賊ではないか」
 その時往来の反対《むこう》の方から、一つの人影が近付いて来た。月光が肩にこぼれていた。浪士風の大男であった。大髻《おおたぶさ》に黒紋付き、袴無しの着流しであった。しずしずこっちへ近寄って来た。例の家の前まで来た。と、潜り戸へ体を寄せた。それから指でトントンと叩いた。
「何人でござるな、お宣《なの》りくだされ」すぐに中から声がした。
「紫紐《むらさきひも》丹左衛門」
 すると潜り戸がギーと開いた。浪士の姿は中へ消えた。同時に潜り戸が閉ざされた。
 とまた一つの人影が、ポッツリ月光に浮き出した。博徒風の小男であった。心持ち前へ首を傾げ、足先を見ながら歩いて来た。急に人影は立ち止まった。例の屋敷の門前であった。ツと[#「ツと」に傍点]人影は潜り戸へ寄った。同じことが繰り返さ
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