た》ったろう?」
「えっ」とお色は度胆を抜かれた。
「もっとお進み、見てあげよう」左伝次の声は乾いていた。枯れ葉が風に鳴るようであった。やはり変に不気味であった。「年は幾歳《いくつ》だ、男の年は?」
「は、はい、年は二十三で」
「妻はあるかな、その男には?」
「いえ、奥様はございません」
「ナニ、奥様? うむそうか。相当家柄の侍だな?」
「旗本衆のご次男様で」つい釣り込まれていってしまった。
「で、何を見るのかな?」
「はい、そのお方のお心持ちが……」赭くなっていい淀んだ。
「変わったか変わらないか見るのであろう?」
「は、はい、さようでございます」
「よし」というと筮竹を握った。「よいか、見る人と見られる人との精神が合盟一致した時、易というものは的中する。で、お前さんも一生懸命におなり」
お色は形を改めた。
「ヤ――ッ」と鋭い掛け声が、左伝次の口から迸《ほとばし》り出た。「ヤーッ、ヤーッ、ヤーッ、ヤーッ」ドン底へしみるような声であった。左伝次の額からは汗が流れた。ザラザラザラザラと筮竹が鳴った。
お色は心が恍惚《うっとり》となった。これまでも易は見て貰ったが、こんな凄《すさま》じい立てかたは、一度も経験したことがなかった。「さすがは名題の加藤先生。ああこの易はきっと中る」お色は突嗟に信じてしまった。
左伝次は筮竹を額へあてた。パチパチパチパチパチ。パチパチパチパチ。力をこめて刎《は》ね上げた。と、算木へ手を掛けた。カタカタと算木が返された。ホーッと一つ呼吸《いき》をすると、ザラザラと筮竹を筒の中へ入れた。それから算木を睨み付けた。
お色は思わず呼吸を呑んだ。
死中ただ一活路
「おお、お娘ご、これはいけない」気の毒そうに左伝次はいった。
「あのそれではそのお方の、お心持ちが変わったので?」お色はブルブルと顫《ふる》え出した。
「いや心は変わっていない。……もっと大変なことがある」
「え、そうして大変とは?」
「死地にはいっておられるのだ」
「まあ」と叫ぶとフラフラと立ったが、すぐベッタリと坐ってしまった。
「では、お命があぶないので?」
「うむ」と左伝次は顔を曇らせ、「しかもそれが冤罪《えんざい》でな」
「どこにおられるのでございましょう?」
「さあ、そこまでは解らない」左伝次はお色を刺すように見た。「だがただ一つ道がある。そうだその人を救う道がな」
「どうぞお聞かせくださいまし」お色はズルズルと膝を進めた。「先生お願いでございます」
「医は肉体の病《やまい》を癒《なお》し、易は精神の病を癒す。いわばどっち[#「どっち」に傍点]も仁術だ。わし[#「わし」に傍点]の力で出来るだけの事は骨を折ってしてあげよう。その人を救う唯一の道とは、その人と一番親しい人がさらに他の人に正直に事情を話して救いを乞う時、事情を話されたその人が、事件を解決して救うというのだ。易の面《おもて》に現われている。詳しく分解して話してもよいが専門の言葉で説明しても、お前さんには解るまい。ところでその人と親しい人とは、今の場合お前さんだ。さらに他の人とは誰のことか。これはどうやらわし[#「わし」に傍点]らしい。そこでお前さんが正直に今度の事情をわし[#「わし」に傍点]に話したら、あるいはこのわし[#「わし」に傍点]がその人を、救い出すことが出来るかも知れない。もちろん確実《たしか》とはいわれないがな」
「はい有難う存じます。それではお話しいたします。どうぞお聞きくださいまし。あの妾《わたし》は浅草の、銀杏《いちょう》茶屋のお色でございます」
――それから田沼に懇望され、その妾《めかけ》になろうとしたこと、可愛い恋人と切れたこと、妾《めかけ》になることが止めになったこと、今日呼び出しを掛けたところ、恋人が昨日屋敷を出たきり、今に帰って来ないこと――一切合切打ち明けた。
左伝次は黙って聞いていたが、その顔には曖昧な、混乱したものが現われた。
「その人の名は何んというな?」やがて左伝次はこう訊いた。
「白旗弓之助様と申します」
「うむ、お旗本で白旗か……。小左衛門殿のご縁辺かな?」
「そのお方のご次男様で」
「では確か北お町奉行、曲淵様とはご親戚のはずだが」
「はい叔父甥の仲だそうで」
左伝次はじっ[#「じっ」に傍点]と考え込んだ。「昨日から行方が不明なのだな?」
「はいさようでございます」
ここで左伝次はまた考えた。
「弓之助殿のご様子は? つまり容貌風采だな」
「色白の細面《ほそおもて》、中肉|中身長《ちゅうぜい》でございます」
「うむ、そうして腰の物は?」
「あの細身の蝋鞘の大小……」
「うむ、そうしてご定紋は?」
「はい丸に蔦《つた》の葉で」
すると左伝次はヒョイと立った。
「お色殿ちょっとこっち[#「こっち」に傍点]へおいで
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