夜《ゆうべ》ここへ忍んだんだろう?」女勘助が疑がわしそうにいった。
「そうだ、そいつがわからねえ」稲葉小僧新助がいった。
「おれはどうでもこのお侍は、銅銭会員だと思うがな」鼠小僧外伝がいった。「そうでなかったら責められないうちにそいつを弁解するはずだが」紫紐丹左衛門は腕を組んだ。
「本当にそうだ、そいつが解らねえ。そいつをハッキリいってさえくれたらおれたち殴るんじゃあなかったのに」弓の折れを指先で廻しながら、女勘助は眼を光らせた。
「いや、いずれその事については、白旗様からいい訳があろう。とにかくおれの見たところでは、銅銭会員じゃあなさそうだ」神道徳次郎はいい切った。
「さて白旗弓之助様、昨夜はどういう覚し召しで、ここへお忍びなされましたな?」
「それよりおれには聞きたいことがある。部屋の四隅の柱から、四本の鎖が飛び出して来たが、あれはなんという兵法だな?」これが弓之助の言葉であった。
六人の者は眼を見合わせた。
「おい兄貴|迂散《うさん》だぜ」女勘助が怒るようにいった。「肝腎のいい訳をしねえじゃあねえか」
「待て待て」と徳次郎は叱るように。
「宝山流の振り杖から、私が考案致しました。捕り方の一手でございますよ」
「あれにはおれも降参したよ」弓之助は妙な苦笑いをした。「人間が斬ってかかったのなら、大して引けも取らないが、どうもね、鎖じゃあ相手にならねえ。……そこでもう一つ訊くことがある。紙に書かれた『川大丁首』いったいこいつはどういう意味だ?」
「それがおわかりになりませんので?」徳次郎は、いくらか探るように訊いた。
銅銭会縁起録内容
「随分考えたが解らなかった」弓之助はまたも苦笑をし、「そこにおいでの女勘助殿に、痛しめられている間中、その事ばかりを考えていたが、無学のおれには解らなかったよ」女勘助をジロリと見た。
女勘助は横を向き、プッと口をとがらせ[#「とがらせ」に傍点]た。
「それで初めてあなた様が、銅銭会員でないことが、ハッキリ証拠立てられました」徳次郎は一つ頷いたが、
「あれは隠語でございます。銅銭会の隠語なので。「順天行道」と申しますそうで。天に順《したが》って道を行なう。こういう意味だそうでございます。つまり彼らの標語なので。「関開路現《かんをひらきみちをあらわす》」こんな標語もございます。そうしてこれを隠語で記せば「並井足玉《へいせ
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