がな」
「どうぞお聞かせくださいまし」お色はズルズルと膝を進めた。「先生お願いでございます」
「医は肉体の病《やまい》を癒《なお》し、易は精神の病を癒す。いわばどっち[#「どっち」に傍点]も仁術だ。わし[#「わし」に傍点]の力で出来るだけの事は骨を折ってしてあげよう。その人を救う唯一の道とは、その人と一番親しい人がさらに他の人に正直に事情を話して救いを乞う時、事情を話されたその人が、事件を解決して救うというのだ。易の面《おもて》に現われている。詳しく分解して話してもよいが専門の言葉で説明しても、お前さんには解るまい。ところでその人と親しい人とは、今の場合お前さんだ。さらに他の人とは誰のことか。これはどうやらわし[#「わし」に傍点]らしい。そこでお前さんが正直に今度の事情をわし[#「わし」に傍点]に話したら、あるいはこのわし[#「わし」に傍点]がその人を、救い出すことが出来るかも知れない。もちろん確実《たしか》とはいわれないがな」
「はい有難う存じます。それではお話しいたします。どうぞお聞きくださいまし。あの妾《わたし》は浅草の、銀杏《いちょう》茶屋のお色でございます」
 ――それから田沼に懇望され、その妾《めかけ》になろうとしたこと、可愛い恋人と切れたこと、妾《めかけ》になることが止めになったこと、今日呼び出しを掛けたところ、恋人が昨日屋敷を出たきり、今に帰って来ないこと――一切合切打ち明けた。
 左伝次は黙って聞いていたが、その顔には曖昧な、混乱したものが現われた。
「その人の名は何んというな?」やがて左伝次はこう訊いた。
「白旗弓之助様と申します」
「うむ、お旗本で白旗か……。小左衛門殿のご縁辺かな?」
「そのお方のご次男様で」
「では確か北お町奉行、曲淵様とはご親戚のはずだが」
「はい叔父甥の仲だそうで」
 左伝次はじっ[#「じっ」に傍点]と考え込んだ。「昨日から行方が不明なのだな?」
「はいさようでございます」
 ここで左伝次はまた考えた。
「弓之助殿のご様子は? つまり容貌風采だな」
「色白の細面《ほそおもて》、中肉|中身長《ちゅうぜい》でございます」
「うむ、そうして腰の物は?」
「あの細身の蝋鞘の大小……」
「うむ、そうしてご定紋は?」
「はい丸に蔦《つた》の葉で」
 すると左伝次はヒョイと立った。
「お色殿ちょっとこっち[#「こっち」に傍点]へおいで
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