れた。指先で潜り戸をトントンと打った。
「誰だ誰だ、名をいいねえ」
「新助だよ、早く開けろ」
「稲葉の兄貴か、はいりねえ」
 潜り戸が開き人影が消え、ふたたび潜り戸がとざされた。
 その後はしばらく静かであった。
 またもその時足音がした。足駄と草鞋《わらじ》との音であった。忽ち二つの人影が、弓之助の前へ現われた。その一人は旅僧であった。手甲《てっこう》、脚絆《きゃはん》、阿弥陀笠《あみだがさ》、ずんぐり[#「ずんぐり」に傍点]と肥えた大坊主であった。もう一人の方は六部であった。負蔓《おいずる》を背中にしょっ[#「しょっ」に傍点]ていた。白の行衣を纏っていた。一本歯の足駄を穿いていた。弓之助の前を通り過ぎ、例の屋敷の門前まで行った。ちょっと二人は囁き合った。ツと[#「ツと」に傍点]旅僧が潜り戸へ寄った。指でトントンと戸を打った。すぐに中から声がした。
「かかる深夜に何人でござるな?」
「鼠小僧外伝だよ」
 つづいて六部が忍ぶようにいった。
「俺は火柱夜叉丸《ひばしらやしゃまる》だ」
 例によって潜り戸が、ギ――と開いた。二人の姿は吸い込まれた。ゴトンと鈍い音がした。どうやら閂《かんぬき》を下ろしたらしい。サラサラサラサラと風が渡った。ポタポタと八重桜の花が落ちた。そのほかには音もなかった。


    ガラガラと飛び出した四筋の鎖

 闇に佇んだ弓之助は、考え込まざるを得なかった。「女勘助、紫紐丹左衛門、稲葉小僧新助、火柱夜叉丸、それからもう一人鼠小僧外伝、これへ神道徳次郎を入れれば、江戸市中から東海道、京大坂まで名に響いた、いわゆる天明の六人男だ。ううむ偉い者が集まったぞ。ははあそれではこの屋敷は、彼奴《きゃつ》ら盗賊の集会所だな。いやよいことを嗅ぎ付けた。叔父へ早速知らせてやろう。一網打尽、根断やしにしてやれ」
 スルスルと彼は家蔭を出た。
「いやいや待て待て、考え物だ。これから叔父貴の屋敷へ行き、事情を語っているうちには、夜が明けて朝になる。せっかくの獲物が逃げようもしれぬ。逃がしてしまってはもったいない。ちょっとこいつは困ったなあ」彼ははたと当惑した。
「気にかかるのは女勘助だ。島田髷に大振り袖、美人の装いをしていたが、大奥の後苑へ現われて、上様を誘拐したという、その女も島田髷、振り袖姿だということである。……関係《つながり》があるのではあるまいかな? ……
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