に傍点]だまま、駕籠の中を覗き込んだ。
「ナアーニ姐さん心配しなさんな。外見はちょっと恐《こわ》らしいが、これも案外親切ものでね。お前さんさえ諾《うん》といったらそれこそ二人で可愛がって、堪能させるのは受け合いだ。が二人とも飽きっぽいんで、さんざっぱら可愛がったそのあげくには、千住《こつ》か、品川か、新宿で、稼いで貰わなけりゃあならねえかも知れねえ。だがマアそいつは後のことだ。差し詰めここで決めてえのは、素直に俺らの女房になるか、それとも強情に首を振るか、二つに一つだ。返辞をしねえ」
 駕籠の中からは返辞がなかった。どうやら顫えてでもいるらしい。と、ようやく声がした。
「まあそれじゃああなた方は、悪いお方でござんしたか」


    振り袖姿に島田髷

「さあね、大して善人じゃあねえ。だがこいつもご時世のためだ。こんな事でもしなかったら、酒も飲めず、魚《とと》も食えず、美婦《たぼ》も自由《まま》にゃあ出来ねえってものよ。恨むなら田沼様を恨むがいい」
「厭だと妾《わたし》が首を振ったら?」「二人で手籠めにするばかりさ」「もしも妾が声を立てたら?」「猿轡《さるぐつわ》をはめちまう。だがもし下手にジタバタすると、喉笛に手先がかかるかもしれねえ。そうなったらお陀仏だ」「それじゃあ妾は殺されるの?」「可哀そうだがその辺だ」「死んじゃあ随分つまらないわね」「あたりめえだあ、何をいやがる」
 女の声はここで途絶えた。
「それじゃあ妾はどんなことをしても、遁《の》がれることは出来ないんだね。仕方がないから自由《まま》になろうよ」
「へえ、そうかい、こいつあ偉い。ひどく判りのいい姐《ねえ》さんだ」
「だがねえ」と女の声がした。「見ればあなた方はお二人さん、妾の体はただ一つ、二人の亭主を持つなんて、いくら何んでも恥ずかしいよ。どうぞ二人で籤《くじ》でも引いて、勝った方へ、体をまかせようじゃないか」
「なるほどなあ、こいつあ理だ。六ヤイ手前どう思う」
「そうよなあ」と気のない声で「俺《おい》らがきっと勝つのなら、籤を引いてもよいけれどな」
「そいつあこっちでいうことだ。おいどうする引くか厭か?」「どうも仕方がねえ引くとしよう。せっかく姐さんのいうことだ。逆らっちゃあ悪かろう」「よしそれじゃあ松葉籤《まつばくじ》だ。長い松葉を引いた方が姐さんの花婿とこう決めよう」
 源太は頭上へ手を延ばし
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