ます。はい、さようでございますな。いくらかは道楽も致しますが、決して親や兄弟へは、迷惑などは掛けないつもりで」
「いやいや意見をするのではない。若いうちは遊ぶもよかろう。親父のようにかたくな[#「かたくな」に傍点]では、ろくな出世は出来ないからな。どうだ情婦《おんな》でも出来ているか」
「おやおやこいつは変梃《へんてこ》だぞ。妙な風向きになったものだ。叔父貴としては珍らしい。ははあわかった、手段だな。いわせて置いてとっちめ[#「とっちめ」に傍点]る。ううんこいつに相違ない。町奉行なんか叔父に持つと、油断も隙も出来やあしない。甥に対してさえお白洲式の、訊問法を採るのだからな。構うものか、逆捻《さかねじ》を食わせろ」そこで弓之助はニヤニヤした。
「実はね、叔父さん、出来ましたので。茶汲み女ではありますが、どうしてどうして一枚絵にさえ出た、素晴らしい別嬪でございますよ。だがね、叔父さん、つい最近、縁を切られてしまいました」
「切られたというのは変ではないか、お前が縁を切ったんだろう。冗《むだ》なことをしたものだ」
「いいえそうじゃありません。女から引導《いんどう》を渡されたんで」
「ほほうそうか、それは偉い」
「偉い女でございますよ」
「いやいや偉いのはお前の方だ」
「叔父さん冷《ひや》かしちゃあいけません」
「冷かすものか、本当のことだ。遊びもそこまで行かなければ、堂に入ったとはいわれない」
「振られて帰る果報者。叔父さん、こいつをいっているんですね」
「いやいやそれとは意味が異う。男へ引導を渡すような女だ、いずれ鉄火に相違あるまい。そういう女をともかくも、占めたということは偉いではないか」
「これはどうも恐れ入りました」弓之助は変に気味悪くなった。「この叔父貴変梃だぜ。金仏のような風采でいてそれで消息には通じている。ははあ昔は遊んだな」
 その時甲斐守は一膝進めた。
「そこでお前に訊くことがある。盛り場ないし悪所などで近ごろ何か変わった噂を耳にしたことはなかったかな?」
「さあ、変わった噂というと?」
「銅銭会というようなことを」
「あっ、それなら聞きました。いや現在見たんです」
「ふうむ、そうか、知っているのか。……ひとつそいつを話してくれ」ピタリと甲斐守は坐り直した。
 そこで弓之助は昨日、上野山下一葉茶屋で、怪しい振る舞いをした町人のことと、老武士のこととを物語
前へ 次へ
全41ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング