馬のように走り出た。其後から続いて走り出たのは懐剣を振り翳したお信乃である。
「あっ!」
 と主水は思わず叫んだ一刹那、其場に立ち竦んだが、次の瞬間には身を躍らせて其山伏に飛び掛かって行った。
 併し夫れは無駄であった。山伏は颯と身を浮かせ、空へ蝙蝠《こうもり》のように飛んだかと思うと、深い谷間へ飛び込んだのである。
 其夜から始めて十日余も勿論主水自らも探がし人を頼んで探がさせもしたが、松太郎の行衛は知れなかった。
 それを苦にして女房のお信乃は其夜からどッと床に就いたが、一月も経たずに嘆き死んだ。
 重ね重ねの不幸である。どのように勇猛の人間でも気を落とさずには居られない。
 さすがの主水も此日頃殆ど物を云わなくなった。彼は日夜考えてばかりいた。[#「ばかりいた。」は底本では「ばかりいた」]近所の農夫や福島の朋輩や死んだお信乃の親里などでは、彼の境遇に同情して、いろいろ慰めの言葉を掛けたり新らしく妻を世話しようなどとも云った。
 しかし主水はそんな時只寂しく笑うばかりで慰められた様子も無く、新妻を迎えようとも云わなかった。
 その中突然彼の姿が、奈良井の里から見えなくなった。
 彼は浮世を捨てたのであった。染衣一鉢の沙門の境遇が即ち彼の身の上なのであった。彼は僧侶になったのである。

     三

 僧になってからの彼主水は普通の僧の出来ないようなあらゆる難行苦行をした。そうして間も無く名僧となった。阿信というのが法名であったが世間の人は、『稚子法師』と呼んだ。曽て美しい稚子として山村蘇門に仕えた事があり、法師になってからも顔や姿が依然として美しいからであった。
 彼は法師となってからも決して其生活は無事では無く、絶えず妖怪に付き纏われた。併し其都度堅い信念と生来の大勇猛心とで好く災を未然に防いだ。
 要するに彼の生涯は、怪異に依って終始したのであって、左に書き記した三つの怪談は、彼の遭遇した怪異の中では、特色のあるものである。
 林は落葉に埋もれていた。秋十一月の事である。
 林の中に庵室がある。一人の僧が住んでいた。穏の容貌、健の四股、墨染の法衣に同じ色の袈裟、さも尊げの僧である――これは阿信の稚子法師であった。そうして此処は桔梗ヶ原であった。原に住んでいる鳥や獣は、彼の慈愛に慣れ親しんで庵室の周囲へ集まって来た。風雨の劇しい時などは部屋の中まで這入って来
前へ 次へ
全9ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング