25」は縦中横]

 娘の品子の声がした。
「東三、東三、悪党だねえ!」
「何を仰有《おっしゃ》います、お嬢様! ……おいお繁さん、奥へお連れ申せ! ……裏庭なんかを歩かせてはいけない」
「お部屋から抜けて来られたのだよ。……ね、お嬢様、内へ入りましょう」
 お繁とそうして東三とが、品子をなだめる声がしたが、やがて立ち去る足音がして、しばらくの間はひっそりとしたものの、またもや足音が聞こえてきた。
「お嬢さんには驚いたなあ。……どうしてお感づきなすったのだろう。……どうもな。……困った。……うっかり出来ない。……だが。……遅いなあ。……やりそこなったかな。……」
 裏木戸へ触る音がした。どうやら蔵番の東三らしい。
 しかし足音は遠ざかり、そうして全く静かになった。
 聞き澄ましていた宇和島鉄之進が、首を傾げたのは当然と云えよう。
「どうやら秘密があるようだ。いやこういう大家になると、いろいろの秘密があるものと見える。……だが、それはとにかくとして、いまだに主人は帰宅しないらしい。……これだけ確かめれば用はない。どれソロソロ帰ろうか」
 往来の方へ出ようした時[#「出ようした時」はママ]
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