して、追手をあやなし[#「あやなし」に傍点]ている間に、二階の窓から屋根を伝い、裏町の露地へヒラリと下り、それからクルクル走り廻り、ここ迄辿り着いた一件を、心の中で思い出したのである。
「あれが普通のお神さんだったら、驚いて大きな声を上げ、俺を追手の連中へ、きっと突き出したに相違ない。世間に人気のある人間は、度胸も大きいというものさ。扇女ならこそ助けてくれたんだ。お礼をしなければならないなあ」
 するとその時藪の中で、物の蠢く気勢《けはい》がした。
「おや」と思って振り返って見たが、枝葉が繁っているために、隙かして見ることは出来なかった。
「さあこれからどうしたものだ?」
 丁寧松は考え出した。
「よし来た、今度は方針を変えて、鮫島大学の方を探って見よう。旅籠屋の柏屋とも近いからなあ。かたがた都合がいいかも知れない。……が。一人じゃア不安心だなあ。……そうしてどっちみち[#「どっちみち」に傍点]夜が来なけりゃア駄目だ」
 するとまたもや藪の中で、ゴソリと蠢く音がした。
「おかしいなあ」と振り向いた時、
「これは連雀町の親分で、変な所でお目にかかりますなあ」
 藪から這い出した男があった
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