、――我心は天の与《あた》うるもの、万物の理は心内に在り、心内思考一番すれば、一切の理を認識すべしと――ところが陽明先生であるが、その象山の学説よりおこり、心即理、知行合一、致良知説を立てられた。……」
 凜々として説いて行く。中斎この時四十三歳、膏《あぶら》ののった[#「のった」に傍点]男盛りである。
 数十人の門弟は襟を正し、粛然として聞いている。咳《しわぶき》一つするものがない。
 説き去り説き進む中斎の講義……
「虚霊不昧、理具万事出、心外無理、心外無事」
 ちょうどこの辺りまで来た時であった、夕陽が消えて宵となった。
「今日の講義はまずこの辺りで……」
 云い捨て中斎が立ち上ったので、門弟一同も学堂を出た。
 …………
 居間に寛《くつろ》いだ大塩中斎は、小間使の持って来た茶を喫し、何か黙然と考えている。怒気と憂色とが顔にあり、思い詰めたような格好である。
 すると、その時襖の陰から、
「宇津木矩之丞《うつぎのりのじょう》にございます。ちょっとお話し致したく」
「ああ宇津木か、入っておいで」
 現われたのは若侍で、つつましく膝を進めたが、すぐに小声で話し出した。
「いよいよ平
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