せ集まり、百人、百五十人、二百人となった。
「世の建て直しだ!」と誰か叫んだ。
「焼打ち! 焼打ち! 焼打ちにかけろ!」
ボーッと一所から火が上った。
「浮世を照らせ! 浮世を照らせ!」
火事が見る見る燃え拡がる。
群集を掻き分け狂信者の一団は、東北へ東北へと走って行く。
火事の凄じい紅の光! 青い火が一点縫って行く。お久美の捧げた龕の火だ!
叫声! 悲鳴! 鬨の声! ドンドンドンと破壊の音! それが一つに集まって、ゴーッと巨大な交響楽となる。
一瞬の間に霊岸島は、修羅の巷と一変した。
と、その時、鮫島大学の、屋敷の門がひらかれて、
「さあ方々、出動なされ! 面白い芝居が打てましょうぞ!」
こう叫んだ男がある。他ならぬ鮫島大学であった。
と、ムラムラと出て来たは、大学一味の無頼漢であった。
「火の手は上った! 燃え上った! 役目をしようぞ、風の役目を!」
同じく鮫島大学である。
一団となって東北の方へ、走って行こうとした折柄、漲る暴徒を掻き分けて、こっちへ走って来る人影があった。
岡引の松吉と「上州」である。
23[#「23」は縦中横]
岡引の松吉と上州と、そうしてお久美の一団とは、当然衝突しなければならない。
「上州、お前は自由《まま》にするがいい、俺は逃げるぜ。相手が悪い!」
云いすてると岡引の松吉は、露地へ一散に駈け込んでしまった。
「いやはやまたも逃げ出しの番か、今日は朝からげんが悪い。……こいつがあたりまえ[#「あたりまえ」に傍点]の連中なら、何の俺だって逃げるものか。……ところが相手は大変者だ。のみならず今夜は大勢で、しかも狂人《きちがい》になっている。取り囲まれたら助からない」
そこで、一散に走るのであったが、お久美を頭に狂信者の群が、その後を追って走って来た。
「今朝方秘密の道場を、看破った人間にございます。連雀町の松吉だと、自分から宣って居りました。岡引に相違ございません」
こう云ったのは市郎右衛門で、脇差を抜いてひっ[#「ひっ」に傍点]下げている。
「岡引といえば、官の犬、犬に嗅ぎ出された上からは、手入れをされると思わなければならない。手入れをされないその前に、是非とも命を取ってしまえ!」
龕を捧げたお久美である。
「今朝方仰せをかしこみまして、追いかけましてございますが、とうとうとり逃がしてしまいました。懲りずにまたも近寄りましたは、何より幸いにございます。今度こそ逃がさず追い詰めて、息の根を止めるでございましょう」
狂信者の群を見廻したが、
「向こうへ逃げて行くあの男こそ、我々にとっては無二の敵、教法を妨げる法敵でござる。追い付いて討っておとりなされ」
狂信者の群が後を追う。
背後《うしろ》を振り返った岡引の松吉は、
「いけないいけない追っかけて来る。いよいよ今朝方と同じだ。さあてどっちへ逃げたものだ。まさかにもう一度|扇女《せんじょ》さんの家へ、ころがり込むことも出来ないだろう。一体ここはどこなんだろう?」
霊岸島の一ノ橋附近で、穢い小家が塊まっている。火事の光でポッと明るく、立騒いでいる人の姿が、影絵のように明暗して見える。
「火事だ火事だ!」
「ぶちこわしだ!」
「さあ押し出せ!」
「ぶったくれ!」
などという声々が聞こえてくる。
軒に倒れている人間がある。飢えた行路人《ゆきだおれ》に相違ない。家の中からけたたましい、赤子の泣き声が聞こえてくる。乳の足りない赤子なのであろう。
そこを走って行く松吉である。
と、右へ曲がろうとした。するとそっちから叫び声がした。
「こっちへ来るぞ打って取れ!」
即ち狂信者の連中が、三方四方に組を分け、包囲するように追って来たが、その一組がその方角から、こっちへ走って来るのであった。
「いけない!」と喚くと岡引の松吉は、身を飜えすと左へ曲がった。
なおも、ひた走るひた走る。
するとその行手からこっちを目掛け、狂信者の群が走って来た。
「いけない」と露路へ走り込んだ。
「どうぞお助け下さいまし」
露路に倒れていた一人の老婆が、腕を延ばすと縋り付こうとした。
「お粥なと一口下さりませ」
「こっちこそ助けて貰いたいよ」
振り切って松吉はひた走る。
出た所が川口町で、群集が飛び廻り馳せ廻っている。
大火になると思ったのだろう家財を運んでいる者がある。
ぶちこわし[#「ぶちこわし」に傍点]が恐ろしい連中なのであろう雨戸を閉ざす者もある。
露路に向かって駈け込む者、露路から往来へ駈け出る者……それで、往来はごった返している。
「うむ、これなら大丈夫だ。身を隠すことも出来るだろう」
松吉は背後《うしろ》を振り返って見た。薄紅い火事の遠照を縫って、青い火が一点ゆらめいて来る。
「どうもいけない、目つかりそうだ
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