いた》たないからであった。所々に林がある。それにさえほとんど青色がなく、幹は白ちゃけて骨のように見え、葉は鉄錆て黒かった。どっちを眺めても農夫などの、姿を見ることは出来なかった。
丁寧松は考え込んだ。
20[#「20」は縦中横]
「さあどこから手を出したものか、からきし[#「からきし」に傍点]俺には見当が付かない。一ツとひとつ珠を弾くか! 柏屋の奥庭の開けずの間さ! ……二ツともう一つ珠を上げるか。久しい前から眼を着けていた、鮫島大学の問題さ。こいつもうっちゃって[#「うっちゃって」に傍点]は置かれない。敵意を示して来たんだからなあ。……三ともう一つ珠を弾くか。加賀屋の主人の行方不明さ。そうして倅の行方不明さ……もう一つ珠を弾くとしよう。宇和島という武士も問題になる。――四ツ事件が紛糾《こんがらか》ったってものさ。……ええとところで四ツの中で、どれが一番重大だろうかなあ?」
事件を寄せ集めて考え込んだ。
「四ツが四ツお互い同士、関係があるんじゃアないかしら?」
そんなようにも思われた。
「とすると大変な事件だがなあ」
関係がないようにも思われた。
「関係があろうがなかろうが、どっちみち皆大事件だ。わけても柏屋の開けずの間が、大変物と云わなければならない。人間五人や十人の、生死問題じゃアないんだからなア。……日本全体に関わることだ。……」
藪で小鳥が啼いている。世間の飢饉に関係なく、ほがらかに啼いているのである。
つく[#「つく」に傍点]ねんと坐っている松吉の、膝の直ぐ前に桃色をした昼顔の花が咲いている。
と、蜂が飛んで来たが、花弁を分けてもぐり[#「もぐり」に傍点]込んだ。人の世と関係がなさそうである。
「と云ってもう一度柏屋へ行って、探りを入れようとは思わない。こっちの命があぶないからなあ。……鈴を振る音、祈祷の声、……その祈祷だったが大変物だった。……それからドンと首を落とした音! ……いや全く凄かったよ」
思い出しても凄いというように、松吉は首を引っ込ませた。
「そいつ[#「そいつ」に傍点]の一味に追われたんだからなあ。逃げたところで恥にはなるまい」
こう呟いたが苦笑をした。やっぱり恥しく思ったかららしい。
「いやいい所へ逃げ込んだものさ」
女役者の扇女《せんじょ》の家へ、せっぱ詰まって転げ込み、扇女の侠気に縋りつき、扇女が門口に端座
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