し」に傍点]、柏屋へ連れ込んだ連中があったが、その連中の一味かも知れない。何と云ってもこの俺は、高価の品物を持っている。奪おうと狙っている連中が、いずれは幾組もあるだろう。加賀屋源右衛門へ渡す迄は、保存の責任が俺にある。つまらない連中に関係《かかりあ》って、もしものことがあろうものなら、使命《つかい》を全うすることが出来ぬ。……そうだ、あいつらをマイてやろう」
 そこで鉄之進は足を早めた。
 旅籠町の方へ曲がったのである。
 そこで、チラリと振り返って見た。五六人の武士が従《つ》いて来る。
「これは不可《いけ》ない」と南へ反れた。
 出た所が森田町である。
 でまたそこで振り返って見た。やはり武士達は従いて来る。そこで今度は西へ曲がった。平右衛門町へ出たのである。
 また見返らざるを得なかった。いぜんとして武士は従いて来る。
「いよいよこの俺を尾行《つけ》ているらしい。間違いはない、間違いはない」
 そこでまた南へ横切った。神田川河岸へ出たのである。それを渡ると両国である。
「よし」と鉄之進は呟いた。
「両国広小路へ出てやろう。名に負う盛場で人も多かろう。人にまぎれてマイてやろう」
 なおもぐるぐる廻ったが、とうとう両国の広小路へ出た。
 飢饉の折柄ではあったけれども、ここばかりは全く別世界で、見世物、小芝居、女相撲、ビッシリ軒を立て並べ、その間には水茶屋もある。飜《ひら》めく暖簾《のれん》に招きの声、ゾロゾロ通る人の足音、それに加えて三味線の音、太鼓の音などもきこえてくる。
「旨いぞうまいぞ、これならマケるぞ」
 群集に紛れ込んだ鉄之進は、こう口の中で呟いたが、しかし何となく不安だったので、こっそり背後《うしろ》を振り返って見た。
 いけないやっぱり従けて来ていた。しかもこれ迄の従け方とは違い、刀の柄へ手を掛けて、追い逼るように従けて来る。群集が四辺《あたり》を領している、こういう場所で叩っ切ったら、かえって人目を眩ますことが出来る。――どうやら彼らはこんなように、考えて追い逼って来るようであった。
「これはいけない、危険は逼った。ここで切り合いをはじめたら、大勢の人を傷付けるだろう。と云ってああ[#「ああ」に傍点]もハッキリと、殺意を現わして来る以上は、憎さも憎しだ、構うものか、一人二人叩っ切って逃げてやろう」
 こう決心をした鉄之進が、迎えるようにして足を止め
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