いる幾個《いくつ》かのボタンを、時々押すのを見ることが出来よう。その男の押すボタンに連れて、珠が鏡に変わるのである。部屋の広さ三十畳敷ぐらいそこに幾個か円卓があり、円卓の周囲《まわり》に榻《とう》がある。そこで勝負をするのだろう、この時代には珍らしい、トランプが幾組か置いてある。
 だがもう一つこの部屋に続き、異様《かわ》った部屋のあることを、ここへ来るほどの人間は、決して決して見落とすまい。寝椅子、垂幕、酒を載せた棚、そうして支那風の化粧をし、又支那風に扮装《みづくろ》った幾人かの若い娘達、そういうもので飾られている、いわゆる酒場――安息所が、そこに作られているのだから。
 だがそれにしてもその部屋へは、どうしてどこから入って行くのだろう? 双龍の描いてある一つの扉、そこから入って行くのだろうか? いやいやそうではなさそうである。扉の外は廊下なのだから。……ではどこから行くのだろう? どこかに隠された扉でもあって、それを開けると行けるのらしい。
 勝負に勝った連中が、その部屋へ行って飲むのである。
 これも充分支那風の、南京玉で鏤《ちりば》めた、切子型の燈籠が、天井から一基下っていて、菫《すみれ》色の光を落としているので、この部屋は朦朧と、何となく他界的に煙っている。
 それにしてもこんな天保時代に、こんな支那風の不思議な部屋が、中央ではないにしても江戸の中に、出来ているとは何ということだろう? いずれこれの経営者は、鮫島大学に相違あるまいが、ではその鮫島大学なる武士は、どんな素性の者なのだろう? 支那と関係のある人間だろうか?




 また源三郎は怒鳴り出した。
「鏡仕掛けとは何事だ! 鏡に持札を写されてみろ、相手に持札がみんな知れ、どんな旨《うま》い手を使ったところで、裏ばかり掻かれて勝負にならねえ! おおおお、おおおお手前達、グルだなグルだな、みんなグルだな! みんなグルになって俺一人にかかり、大金を捲き上げようとしたんだろう!」
 又、匕首を揮うのであるが、腰をかけたり佇んだり鼻歌をうたったり囁いたり、笑ったりしている悪漢《わる》どもは、
「何を坊ちゃんが云いおるやら、うっちゃって[#「うっちゃって」に傍点]置け、うっちゃって[#「うっちゃって」に傍点]置け」
 こう云ったように冷淡に、取り合おうとさえしないのであった。
 こういう空気は当然に、人をし
前へ 次へ
全55ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング