《まげ》だけは刷毛先《はけさき》を散らし、豪勢|侠《いなせ》に作ってはいるが、それがちっとも似合わない。着ている物も立派であって、腰につけている煙草入の、根締の珊瑚は古渡りらしく、これ一つだけで数十金はしよう。秘蔵がられている豪商の息子が、悪友のために惑わされ、いい気になって不頼漢を気取り、悪所通いをしているという、一見そういう風態であった。
 で、匕首《あいくち》は振り上げたが、敵を切る前に自分の手を、切りそうで切りそうで見ていられない。――と云ったようなあぶなさ[#「あぶなさ」に傍点]がある。
 加賀家百万石の御用商人、加賀屋と云って大金持、その主人を源右衛門と云ったが、その息子の源三郎なのであった。
「キ、切るゾ――ッ! キ、切るゾ――ッ!」
 源三郎は匕首を振り廻すのであったが、しかし誰一人相手にしない。ニヤニヤみんな笑っている。
 源三郎を取り巻いて、十五六人の男がいたが、この連中が大変物で、浪人風の者、ゴロン棒風の者、商人風の者、鳶風の者、そうかと思うと僧形の者、そうかと思うと大名方の、お留守居風の人物もいるのであった。
 しかしいずれも変装らしく、どうやらみんな[#「みんな」に傍点]仲間らしい。
 それらの人数を抱いている、部屋のこしらえ[#「こしらえ」に傍点]というものが、また大変なものであった。だがそれとて一口に云えば、上海《シャンハイ》風ということが出来る。壁の一方に扉がある。双龍《そうりゅう》珠《たま》を争うところの図案を描いた扉である。一方の壁に窓がある。龕燈形の窓である。そのくせ窓には真鍮の棒が、無数に厳重に穿めてある。そうして窓のあるその壁にも、双龍珠を争う図が、黄色い色彩《いろ》で描かれてある。いやいや双龍珠を争う、そういう図面は二ヶ所ばかりでなく、青く塗られた天井にも、板敷になっている床の上にも、他の二方の壁の面にも、ベタベタ描かれてあるのであった。それにしても双龍の争っている、珠の形の大きいことは! 直径二尺はあるだろう。そうして一体どうしたのだろう、時々その珠が忽然と、鏡のように光るのは? いやいや鏡のように光るのではなく、事実鏡に変わるのであった。誰がどうして変えるのだろう? もし誰か龕燈形の窓へ行きそこから外を覗いたなら、そこに真暗な部屋があり、そこに一人の人間がいて、絶えずこの部屋を覗きながら、その真暗な部屋の壁に、突起して
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