立派な顔、女役者としても立て物らしい。大きなハッキリした二重瞼眼、それには情熱があふれている。全体が非常に明るくて、いつも愉快な冗談ばかりを、云いたそうな様子を見せている。人生の俗悪そのもののような、興行界に居りながら、それに負けずに打ち勝って行く――と云ったような女である。
小屋掛けではあるが大変な人気の、両国広小路にこの頃出来た、吉沢一座の女歌舞伎、その座頭の扇女《せんじょ》なのであった。年は二十二三らしい。
明るく燈火《ともしび》が燈《と》もってい、食べ散らし飲み散らした盃盤が、その燈火《ひ》に照らされて乱雑に見え、二人ながらいい加減酔っているらしい。
「どうだどうだ、え、扇女、ソロソロおっこち[#「おっこち」に傍点]てもいいだろう」
扇女の胸の辺りへ視線を送り、大学はこんなことを云い出した。
「御贔屓様は御贔屓様、旦那様は旦那様、可愛いお方は可愛いお方、ちゃあんと分けて居りますのでね」
扇女は早速蹴飛ばしてしまった。ビクともしない態度である。
「久しいものさ、その白《せりふ》も」
大学はニヤニヤ笑っている。決して急かない態度である。
二人ながらちょっとここで黙った。
やがて、大学は云い出した。
「ところで有るのかい、可愛い人が?」
「こんな商売、情夫《いろ》がなくては、立ち行くものじゃアありませんよ」
「一体どいつだ、果報者は」
勿論大学怒ったのではない。語気を強めて云ったまでである。
怒るような大学ならいいのであって、いつも冷静、いつも策略、そうでなければ世は渡れぬ――と考えている彼なのであった。
「あやかり[#「あやかり」に傍点]たいの、果報者に」
「なかなかむずかしゅう[#「むずかしゅう」に傍点]ございますよ、果報者にあやかるということわね」
「ひどく勿体をつけるじゃアないか」
ツト手を延ばすと盃を取り上げ、
「まず注いだり。……冷めたかな」
銚子を取り上げた吉沢扇女は、盛り溢れるほど酒を注いだ。
「注ぎっぷりだけはいい気前だ」
「他人《ひと》のお酒でございますもの」
「御意、まさしく。拙者の酒で……」
するとその時どこからともなく――と云って勿論屋敷内からではあったが、罵り合う声が聞こえてきた。
ガラガラと物を投げる音もした。
7
「おや」と扇女は聞きとがめた。
「何をしたのでございましょう?」
だが大学は黙っていた
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