に、
「十九年前の春のこと、空っ風の吹く正月《むつき》の朝、すこし心願があったので供も連れず起き抜けに観音様まで参詣すると、大きな公孫樹《いちょう》の樹の蔭で赤児がピーピー泣いている、この寒空に捨て子だな、邪見の親もあるものだと、そぞろ惻隠《そくいん》の心を起こし抱き上げて見れば枕もとに小さい行李が置いてある。開けて見ればわずかの金と書き附けが一本入れてあった。後の証拠と持って来て土蔵の中へ仕舞って置いたが、今日お前の噂が出て、ふと気が付いて家へ帰り、土蔵へはいって見たところ行李と金とはあったけれど肝腎の書き附けが見付からねえ。そのうえ葢《ふた》は取りっ放し積もった塵《ちり》や埃《ほこり》の具合で、これはどうでも一年前に誰か盗んだに違いないとこう目星を付けたものさ。そうして色々考えて見たが、あの行李のあり場所とあの書き附けを知っている者はお前より他には誰もいねえ。元々行李も書き附けも皆《みんな》お前の物なんだから取って悪いというじゃないが、何故欲しいなら欲しいといって俺に明かせてくれなかった。それともそんな書き附けなんか取った覚えがないというならまた別に考えがある」
先祖譲りの大きい
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