パラと蹴出す緋の長襦袢が雪のような脛《はぎ》にからみ付く。
三津五郎《やまとや》の所から帰ったばかり、団十郎はむっつりとして奥の座敷に坐っていたが、小次郎の姿を見上げると、
「そこへ坐りねえ」
と厳《いか》めしくいった。
「はい」
といって坐ったが、団十郎の膝の上に、小さい行李のあるのを見ると、小次郎は颯《さっ》と顔色を変えた。
「今日」と団十郎はいい出した。「瓦町の三津五郎《やまとや》でちょっとお前の噂が出た……聞けばあそこの三津太郎どん、行方を眩ましたということだが、お前とは昔から御酒徳利《おみきどっくり》、泣くにも笑うにも一緒だったが、どこへ行ったか知らねえかな?」
じっと様子を窺った。
「へえ、一向存じません」
「おおそうか、知らねえんだな。知らねえとあれば仕方もねえが、他にもう一つ訊くことがある。……この行李だ! 知っていような?」
膝の上の行李を取り上げるとポンと葢《ふた》を取ったものだ。
「へえ」といって小次郎はチラリとその行李を眺めたが、「見たことのある行李でございます」
「見たことがあるって? あたりめえよ! こいつアお前の行李じゃねえか」
団十郎は冷やか
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