がいいかな」
二人はしばらく考えた。
籠鶯《やぶうぐいす》の啼音《なくね》がした。軒の梅へでも来たのであろう。ギーギーと櫓《ろ》の音がする。川を上る船の櫓だ。
「おおところで太郎さんは?」
団十郎は何気なく思い出したままに訊いて見た。
すると三津五郎は苦笑したが、
「また病気が起こりましてね」
「それじゃ、家にはおいでなさらない?」
「昨日から姿が見えません。……ところでいかがですな小次郎さんは?」
「小次郎は家におりますよ」
「おいでなさる? これは不思議。私《わし》は一緒かと思ったに」
「さようさ、いつもは御酒徳利《おみきどっくり》で、きっと連れ立って行くんですからね」
「へえ、家においでなさる?」
「今度は家におりますよ」
「それじゃ家の三津太郎だけがヒョコヒョコ出かけて行ったんですな」
三津五郎は眼を顰《しか》めた、そうしてじっ[#「じっ」に傍点]と考え込んだ。
今話に出た三津太郎とは三津五郎にとっては実子にあたり、それも長男で二十一歳、陰惨な役所《やくどこ》によく篏《は》まり四谷怪談の伊右衛門など最も得意のものとしたいわゆるケレンにも達していて身の軽いことは驚くば
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