紋太郎はそこで足をゆるめた。
するとやはり貧乏神も、ゆっくりノロノロと歩くのであった。
こうして一行は馬入川も越し点燈頃《ひともしごろ》に小田原へはいった。
越前屋という立派な旅籠屋。そこが一行の宿と決まる。
戸外《そと》では雪が降っている。
旅籠屋の夜は更けていた。人々はおおかたねむったと見えて鼾《いびき》の声が聞こえるばかり、他には何んの音もない。
静かに紋太郎は立ち上がった。障子を開け廊下へ出、階段の方へ歩いて行く。
階段を下りると階下の廊下で、それを右の方へ少し行くと、目差す部屋の前へ、出られるのであった。
そろそろと廊下を伝いながらも紋太郎は気が咎めた。胸が恐ろしくわくわくする。しかし目差すその部屋がすぐ眼の前に見えた時にはぐっと[#「ぐっと」に傍点]勇気を揮い起こしたが、その部屋の前に彼より先に、一人の異形な人間が部屋の様子を窺いながらじっと[#「じっと」に傍点]佇んでいるのを見ると仰天せざるを得なかった。しかも異形のその人間は渋団扇を持った貧乏神である。
「むう、不思議! これは不思議!」
――思わず紋太郎が唸ったのはまさにもっとものことである。
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