けた。
「なかなかもって。まだまだでござる。ハッハッハッ」とまた笑う。
 専斎は引き戸へ手を掛けた。戸を開けようとしたのである。
「専斎殿、戸は開きませぬ。外から錠が下ろしてござるに。ハッハッハッ」とまたも笑う。
 専斎はゾッと寒気がした。
「こいつはたまらぬ。誘拐《かどわか》しだ」
 彼はじたばた[#「じたばた」に傍点]もがき出した。
 そんなことにはお構いなく駕籠はズンズン進んで行く。そうして一つグルリと廻った。
「おや辻を曲がったな」
 専斎は駕籠の中で呟いた。とまた駕籠はグルリと廻った。どうやら右へ曲がったらしい。
「さっきも右、今度も右、右へ右へと曲がって行くな」専斎はそこで考えた。「いったいどこへ連れて行く気かな? こんな爺《じじい》を誘拐したところでたいしていい値《ね》にも売れまいにな。……精々《せいぜい》のところで別荘番。……おや今度は左へ廻った。……じたばた[#「じたばた」に傍点]したって仕方がない。生命《いのち》まで取るとはいわないだろう。……まあまあ穏《おとな》しくしていることだ。……そうして、そうだ、どっちへ行くかおおかたの見当を付けてやろう」
 臍《ほぞ》を固
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