太郎は吃驚《びっくり》したように眼を見張った。
刺青の女賊
それというのは他でもない。貧乏神が消えてなくなり、代わりに美人が現われたからである。
もっと詳しく説明すれば、紋太郎と別れた貧乏神は、街道筋をズンズンと上尾の方へ歩いて行った。ものの半町も行ったであろうか、その時並木の松蔭から一人の女が現われたが、貧乏神と擦れ違ったとたん、貧乏神の姿が消え、一人と見えた女の背後《うしろ》から小粋な男が従いて来た。だんだんこっちへ近寄って来る。「貧乏神などと馬鹿にしてもさすがは神と名が付くだけに飛天隠形《ひてんおんぎょう》自在と見える」
学問はあっても昔の人だけに、紋太郎には迷信があった。で忽然姿を消した貧乏神の放れ業が不思議にも神秘にも思われるのであった。
若い二人の旅の男女は、紋太郎にちょっと会釈しながら静かにその前を通り過ぎようとした。
ふと女を見た紋太郎は、
「おや」といってまた眼を見張った。
その時プ――ッと寒い風が真っ向から二人へ吹き付けて来た。女の髪がパラパラと乱れる。手を上げて掻き除《の》けたその拍子にツルリと袖が腕を辷り、露出した白い二の腕一杯桜の刺青
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