ざればもちろん貴殿の誤りに対して何んの悪感も持ってはおられぬ。それにかえって江戸に近い多摩川の河原で断わりもなく試乗したのは飛んだ失敗、謀叛を企てるそのために江戸の様子を窺ったのだと、讒者《ざんしゃ》の口にかかりでもしたら弁解の辞にさえ窮する次第、とそれで公然医者も呼べず、帰りの道中は謹慎の意味で駕籠から出なかったほどでござるよ。……そこでと、藪殿いかがでござる、せっかく貴殿も心にかけ大鵬《たいほう》の行方を追って来たことじゃ、これから二人でビショット氏を訪ね、大鵬すなわち飛行機なるものを篤《とく》とご覧になられては。いやいやビショット氏はむしろ喜んで貴殿と逢われるに相違ない。それは拙者が保証する」
 作右衛門はこう云って腰を上げようとした。
 ここは長崎海岸通り大通詞丸山作右衛門の善美を尽くした応接間であるがここを紋太郎が訪問したのは、作右衛門と初めて逢った日から約五日ほど経ってからであった。
 その間紋太郎はどうしていたかというに、例のうまくもない謡《うたい》をうたいただ宛《あて》もなく長崎市中を歩き廻っていたのであった。そうしていよいよ窮したあげく、ふと作右衛門のことを思い出し、
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