ださいますよう」
 爺《おやじ》はなかなか帰りそうにもしない。
 で、取り次ぎは内へはいった。
 おりから信輔は画室に籠もって源平絵巻に筆をつけていたが、
「何、宇治の牛丸とな? それはそれは珍しい。叮嚀に奥へお通し申せ」
「へへえ、さようでございますかな。……あのお逢い遊ばすので?」取り次ぎの者は不審そうに訊く。
「おお、お目にかかるとも」
「そこでお伺い申しますが、宇治の牛丸と申す爺《おやじ》、本性は何者でござりましょうや?」
「妖怪変化ではあるまいし、本性などとは無礼であろうぞ。宇治の牛丸と申すのは馬飼吉備彦《うまかいきびひこ》の変名じゃわい」
「うへえ!」
 と取り次ぎの山吹丸はそれを聞くと大仰に眼を丸くしたが、
「馬飼吉備彦と申しますれば本邦第一の物持ち長者と、かよう聞き及んでおりましたが……」
「その長者の吉備彦じゃわい」
「それに致してはその風態《みなり》があまりに粗末にござります」
「ほほう、どのような風態かな?」
「木綿のゴツゴツの布子を着……」
「恐らくそれは結城紬《ゆうきつむぎ》であろう」
 まさか藤原氏の全盛時代には結城紬などはなかった筈。
 それはとにかく吉備
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