?」
「私もそれを案じている」
「私もそれが心配です」
「といって私は是非出したい。……あなたさえ諾《うん》といってくれたら」
「さあ」
といったが三津五郎は応とも厭ともいわなかった。
ここは金龍山瓦町で、障子を開けると縁側越しに隅田川が流れている。
ぽかぽか暖かい小六月、十二月十二日とは思われない。
ははアさては成田屋め俺を抱き込みに来おったな。――こう三津五郎は思ったが別に腹も立たなかった。「これはいかさま成田屋としては『暫《しばらく》』を出しても見たいだろう。文政元年十一月に親父|白猿《はくえん》の十三回忌に碓氷《うすい》甚太郎定光で例の連詞《つらね》を述べたまま久しくお蔵になっていたのだからな。その連詞《つらね》が問題となり鼻高の幸四郎がお冠《かんむり》を曲げえらい騒ぎになりかけたものだ。なるほど、それを持ち出して上覧に入れようということになるとまたみんな大いに騒ぐかもしれない。しかし成田屋は父にも勝る珍らしい近世の名人だ。利己主義とそして贅沢《ぜいたく》が疵《きず》と云えば、大いに疵であるが大眼に見られないこともない。……それに俺とはばか[#「ばか」に傍点]に懇意だ。抱き込まれてもいいじゃないか」――悧巧者の三津五郎は、早くもここへ気が付いた。
三津太郎の噂
「ナーニ私は諾《うん》と云います。がどうでしょう幸四郎《ごだいめ》が?」
「なあにあなたさえ諾《うん》と云ったらそこは日頃の仁徳です、誰が何んと云いますものか」
「さあそれならこれは決まった。ところで後の出し物は?」
「それは皆《みんな》と相談して」
「いやいやこれも大体のところはここであらまし[#「あらまし」に傍点]決めた方が話が早いというものだ」
「なるほど、それももっともだ。……心当たりがありますかえ」
「幸四郎《ごだいめ》の機嫌を取らないとね」三津五郎はちょっと考えたが、
「仁木《につき》を振って千代萩か」
「御殿物が二つ続く」
「どうもこいつアむずかしい」
「ではどうでしょう『関の戸』は?」
「ははあそこへ行きましたかな」
「幸四郎《ごだいめ》の関兵衛、立派ですぜ」
「そうしてあなたの墨染《すみぞめ》でね」
「私はどうでもよろしいので」
「いやいや是非ともそうなくてはならない。よろしい決めましょう『関の戸』とね」
「これで二つ決まりました」
「ついでに三つ目を……さあ何
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