いて眼をば廻されな」
「は」といったが紋太郎、無限の好奇心を心に抱き一段一段縄梯子を上の方へ上って行った。
間もなく塀頭《へいがしら》へ手が掛かる。ひょい[#「ひょい」に傍点]と邸内を覗いて見て「むう――」と思わず唸ったものである。
百鬼夜行
まず真っ先に眼に付いたのは、数奇を凝らした庭であったが、無論それには驚きはしない。第二に彼の眼に付いたは見霞むばかりの大座敷が、庭園の彼方《あなた》に立っていた。
「うむ、これこそ百畳敷……」と、こう思ったそのとたん、百畳敷の大広間に奇々怪々の生物《いきもの》があるいは立ちあるいは坐りあるいはキリキリと片足で廻りあるいは手を突いて逆立ちし、舌を吐く者眼を剥《む》く者おどろ[#「おどろ」に傍点]の黒髪を振り乱す者。――そうして、それらの生物のそのある者は三つ目でありまたある者は一つ目でありさらにある者は醤油樽ほどの巨大な頭を肩に載せた物凄じい官女であり、さらにさらにある者は眉間尺《みけんじゃく》であり轆轤首《ろくろくび》であり御越入道《みこしにゅうどう》である事を驚きの眼に見て取ったのであった。……そうしてそれらの妖怪どもは例の蒼然たる鬼火の中で蠢《うごめ》き躍っているのであった。化物屋敷! 百鬼夜行!
で、思わず「むう――」と唸ったのである。
「藪氏、藪氏、お下りなされ」
下から呼ぶ和泉守の声に、はっ[#「はっ」に傍点]と気が付いて紋太郎は急いで梯子を下へ下りた。
「どうでござったな? あの妖怪は?」
和泉守は笑いながら訊いた。
「不思議千万、胆を冷しました」
「アッハハハさようでござろう」
「彼ら何者にござりましょうや?」
「見られた通り妖怪じゃ」
「しかし、まさか、この聖代に。……」
「妖怪ではないと思われるかな」
「はい、さよう存ぜられますが」
「妖怪幾匹おられたか、その辺お気を付けられたかな?」
「はい私数えましたところ二十一匹かと存ぜられまする……」
「さようさよう二十一匹じゃ」
「やはりさようでございましたかな。……ううむ、待てよ、これは不思議!」
「不思議とは何が不思議じゃな?」
「諸侯方も二十一人。妖怪どもも二十一匹」
「ははあようやく気が付かれたか。……まずその辺からご研究なされ」
和泉守はこう云うとそのままむっつり[#「むっつり」に傍点]と黙ってしまった。話しかけても返事をしない。
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