くだされますよう」
「さようでござるかな、これはご叮嚀」
専斎はポンと駕籠へ乗った。と、粛々と動き出す。眠いところを起こされた上、快よく駕籠が揺れるので専斎はすっかりいい気持ちになりうつらうつら[#「うつらうつら」に傍点]と眠り出した。すると、急に駕籠が止まった。
「おや」といって眼を覚ます。「もう林家へ着いたのかな。それにしてはちと早いが」
その時、バサッと音が駕籠の上から来た。
「何んの音かな? これは変じゃ」
すると今度は、サラサラという、物の擦れ合う音がした。
「何んの音かな? これはおかしい」
こう口の中で呟いた時、ひそひそ話す声がした。
「どうやら眠っておられるようじゃ。ちょうど幸い静かにやれ」――儒者風をした使者の声だ。
「へいよろしゅうございます」――こういったのは駕籠舁きである。駕籠はゆらゆらと動き出した。
「こいつどうやら変梃だぞ。どうも少し気味が悪くなった」そこで「エヘン」と咳をした。
「おお、お眼覚めでござるかな。ハッハッハッハッ」と笑う声がする。儒者風の男の声である。馬鹿にしたような笑い方である。
「まだ先方へは着きませぬかな?」専斎は不安そうに声を掛けた。
「なかなかもって。まだまだでござる。ハッハッハッ」とまた笑う。
専斎は引き戸へ手を掛けた。戸を開けようとしたのである。
「専斎殿、戸は開きませぬ。外から錠が下ろしてござるに。ハッハッハッ」とまたも笑う。
専斎はゾッと寒気がした。
「こいつはたまらぬ。誘拐《かどわか》しだ」
彼はじたばた[#「じたばた」に傍点]もがき出した。
そんなことにはお構いなく駕籠はズンズン進んで行く。そうして一つグルリと廻った。
「おや辻を曲がったな」
専斎は駕籠の中で呟いた。とまた駕籠はグルリと廻った。どうやら右へ曲がったらしい。
「さっきも右、今度も右、右へ右へと曲がって行くな」専斎はそこで考えた。「いったいどこへ連れて行く気かな? こんな爺《じじい》を誘拐したところでたいしていい値《ね》にも売れまいにな。……精々《せいぜい》のところで別荘番。……おや今度は左へ廻った。……じたばた[#「じたばた」に傍点]したって仕方がない。生命《いのち》まで取るとはいわないだろう。……まあまあ穏《おとな》しくしていることだ。……そうして、そうだ、どっちへ行くかおおかたの見当を付けてやろう」
臍《ほぞ》を固
前へ
次へ
全56ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング