ているのは何んの呪禁《まじない》だか知らないけれど益※[#二の字点、1−2−22]仁態を凄く見せる。それで時々ニタリと笑う。いかさまこれでは魘《うな》されようもしれぬ。
「こいつどうぞしてマキたいものだ」
 紋太郎は心中思案しながら知らない振りをして歩いて行く。
 大正の今日東京市中で、社会主義者どもが刑事をマクにもなかなか手腕が入るそうである。
 ここは街道の一本道。薄雪の積もった正月夕暮れ。ほとんど人通りは絶えている。なかなかマクには骨が折れる。
「おおそうだ、やり過ごしてやろう」
 思案を決めると紋太郎は道側《みちばた》の石へ腰をおろした。それから懐中《ふところ》から煙管《きせる》を取り出し静かに煙草をふかし出した。


    貧乏神

 行き過ぎるかと思いきや、その奇怪な老人はズッと側へ寄って来た。紋太郎と並んで切り株へノッソリとばかり腰かけたのである。
 それからゴソゴソ懐中を探ると鉈豆煙管《なたまめぎせる》を取り出した。それをズッと鼻先へ出し、
「お武家様え、火をひとつ」
 案に相違して紋太郎は少からず閉口したものの貸さないということも出来ないので無言で煙管を差し出した。老人はスバスバ吸い付ける。
「へい、お有難う存じます」
 声までが無気味の調子である。
 二人は黙って腰かけている。
「どうもこいつは驚いたな。除《よ》けても除けても着きまとって来る。まるで俺の運命のようだ」
 紋太郎は不快に思いながら咎めることも出来ないのでやはり黙って腰かけていた。
 と、老人が話しかけた。
「熊谷《くまがや》へおいででございますかな。それはそれはご苦労のことで。それに致しても三時立ちとは随分お早うございましたなあ」
「何?」
 といったが紋太郎これにはいささか驚いた。
「いかにも俺は三時に立ったがどうしてそれを知っているな?」
「へへへへへ、まだまだ沢山存じております。例えば今朝ご出立の時、アノ用人の三右衛門様が、何にあわてたのか大変あわてて鴨居で額をお打ちなされたので、『三右衛門はしたない、気を付けるがよいぞ』と、こう旦那様がおっしゃいました筈で」
「いかにもそういうこともあった」
「ええと、昨夜はご隣家へ泥棒がはいって大事な物を――見事な幅を確か一幅盗んで行った筈でございますよ」
「おおおお、いかにもその通りじゃ」
「盗まれた絵は小野小町土佐の名筆でございまし
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