にも出ない。
二人は顔を見合わせた。
「どうもおかしい」
といったのは、他ならぬ坂東三津太郎である。
「ほんとにこいつ[#「こいつ」に傍点]変梃だ」こういったのは小次郎である。
「もう一度お眼《め》を洗おうぜ」
「よかろう」
というと、二人一緒に、ドンとそこへ胡坐《あぐら》をかいた。
二人の前には六歌仙が、在原|業平《なりひら》、僧正遍昭、喜撰法師、大友黒主、文屋康秀、小野小町、こういう順序に置いてあったが信輔筆の名筆もズクズクに水に濡れている。
「六つ揃わば眼を洗え。――さあさあ水をかけるがいい」
「承わる」
と小次郎は、傍《そば》の土瓶を取り上げた。
六歌仙の眼へ水を注ぐ。と、不思議にも朦朧《もうろう》と各※[#二の字点、1−2−22]の絵の右の眼へ一つずつ文字が現われた。
業平の眼へは「宝」の字が、遍昭の眼へは「隆」の字が、喜撰の眼へは「寺」の字が、黒主の眼へは「西」の字が、康秀の眼へは「一」の字が、そうして最後に小町の眼へは「町」という字があらわれた。
「やはりそうだ。間違いはない。――宝隆寺西一町。――この通りちゃアんとあらわれている。……そうしてここは宝隆寺から西一町の地点なんだ」
貧乏神の扮装《みなり》をした坂東三津太郎はこう云うと元気を起こして立ち上がった。
灰、煙り、即希望
小次郎も同じく立ち上がり、
「そうだここは宝隆寺から西一町離れている。そうしてここに道標《みちしるべ》がある。そうしてここは畑の中だ。それにお日様も傾いてあんなに西に沈んでいる。道標の影もうつっている。――道標、畑の中、お日様は西だ、影がうつる、影がうつる、影がうつる――ちゃアンと暗号文字《やみもじ》に合っている。さあもう一度掘って見ようぜ」
そこで二人は鍬を取り、道標の影の落ちた所を、根気よくまたも掘り出した。
石や瓦は出るけれど、平安朝時代の大富豪|馬飼吉備彦《うまかいきびひこ》の隠したといわれる財宝らしいものは出て来ない。
二人はすっかり落胆して鍬を捨てざるを得なかった。
「オイ」
と三津太郎は憎さげに、「お前が西丸で盗んだというその在原業平の軸、もしや贋《にせ》じゃあるめえかな」
「冗談いうな」
と小次郎もムッとしたようにいい返す。
「千代田の大奥にあった軸だ。贋やイカ物でたまるものか。それよりお前が長崎の蘭人屋敷で取ったという
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