りぞいた。それからグルリとむき[#「むき」に傍点]を変えると、もと来た方へ引っ返した。
 その時、安房守は振り返った。
「これちょっと待て、伊庭《いば》八郎!」
「はっ」と云うとその刺客は、足を止めて振り返った。うら若い美貌の武士であり、それは伊庭八郎であった。八郎は父|軍兵衛《ぐんべい》と共に、この時代の大剣豪、斉藤弥九郎《さいとうやくろう》、千葉周作、桃井春蔵《ももいしゅんぞう》、近藤勇、山岡鐡舟、榊原健吉《さかきはらけんきち》、これらの人々と並称されている。身、幕臣でありながら、道場をかまえて門下を養い、心形刀流を伝えたが、直門二千名に及んだという。
 幕臣も幕臣、奥詰めだったので、親衛隊の魁《さきがけ》であり、伏見鳥羽の戦いにも出て、幾百人となく敵を斬った。
 その彼は直情の性格から、同じ幕臣の勝安房守が、いわゆる恭順派の総師として、薩長の士と交渉することを、徳川家のために歯掻く思い、獅子身中の虫と感じ、いっそ暗殺して害をのぞこうと、日頃から画策していたのであったが、この夜いよいよ断行すべく、門下の壮士九人を率い勝安房守の後をつけ、剣を揮おうとしたのであった。
「どうだ、少しは
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