っていた。
 ヒューヒューと鳴る口笛の音も春の夜にはふさわし[#「ふさわし」に傍点]かった。
 しかしその時、居間の方で、変にカキカキいう音がした。
「おや」とお花は聞耳を立てたが、手に葱《ねぶか》を持ったまま、急いでそっちへ行ってみた。
 一匹の奇形な動物が、背を蜒《うね》らして走り廻っていた。犬のように大きな鼬であったが、口に手箱を銜えていた。
「あっ」とお花は悲鳴をあげ、無宙で葱を投げつけた。
 鼬の何よりも嫌いなのは、刺戟性の葱の匂であった。それで、鼬は一跳ね跳ねると、食わえていた手箱を振り落し、庭の茂へ走り込んだ。
「ああ恐かった」と溜息をしながら、お花はしばらく立ち縮んだものの、気が付いて手箱を取り上げた。
 彼女は利口な女であった。鼬が手箱を狙ったのは偶然ではあるまいと推量した。そこで、手箱を持ったまま女中部屋の方へ入って行った。ふたたび彼女が現われた時には、風呂敷に包んだ小さな箱を、大事そうに両手で捧げていた。そうして主人の居間へ行くと、袋戸棚をそっと開け大切そうに藏《しま》い込んだ。
 お花の聡明な心遣いが、無駄でなかったということは、その夜が更けてから証明された。

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