返事をしないうちに、
「「爺つあん」俺だよ」という声がした。
開けられた襖のむこう[#「むこう」に傍点]側に、一人の男が立っていた。耳の付け根に瘤があった。
「おっ、お前は文じゃねえか!」
「爺つあん」は仰天してこう叫んだ。
「うん、そうだよ、「釜無《かまな》しの文《ぶん》」だよ」こう云いながらその男は、ヌッと部屋の中へ入って来たが「婆さん」と、ひどく威嚇的に「お前あっち[#「あっち」に傍点]へ行っていな、俺《おい》ら「爺つあん」に用があるんだからな」
雇婆さんが行ってしまった後、二人はしばらく黙っていた。
「オイ」と文はやがて云った。「久しぶりだな、え「爺つあん」……いや全く久しぶりだ」
「うん」と「爺つあん」は物憂そうに「久しぶりだよ、全くな」
「おいら[#「おいら」に傍点]夢にも知らなかった。まさかお前が江戸も江戸、浅草奥山でも人気のある、葉村《はむら》一座の仕打《しうち》として、こんな所にいようとはな。……なるほど、世間はむずかしい、これじゃ探しても目付からなかった訳だ」
「目付けてくれずともよかったに」
「お前の方はそうだろうが、俺の方はそうはいかねえ」
「ところで、どう
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