走って行った。燈火《ともしび》の射さない暗い露路に小供が一人立っていたが、しかしそれは小供ではなく思った通りトン公であった。
「トン公じゃないか、どうしたのさ?」
 するとトン公は近寄って来、
「よく拍子木が解《わか》ったな」
「お前の打手を忘れるものかよ」
「実は急に逢いたくってな、それで呼び出しをしたやつさ」
「用でもあるの? お話しおしよ」
「ねえ紫錦《しきん》さん、俺らと一緒に、ちょっとそこ迄行ってくれないか」四辺《あたり》を憚ってトン公は云った。
「行ってもいいがね、どこへ行くの?」
「金龍山瓦町《きんりうざんかわらまち》[#ルビの「きんりうざんかわらまち」はママ]へよ」
「浅草じゃないか、随分遠いね、それにこんなに晩になって」お錦は怪訝そうに云うのであった。
「それがね、至急を要するんだ」
「へえ不思議だね、何の用さ」
「逢いてえって人があるんだよ。是非お前《めえ》に逢い度えって人がな。それが気の毒な病人なんだ」
「誰だろう? 知ってる人?」
「お前の方じゃ知らねえだろうよ。だが確かな人間だ。実は俺らの親方なのさ」
「お前の親方? 玉乗りのかい?」
「ああそうだよ。葉村《は
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