《こう》か、よく来てくれた」
「爺《とっ》つあん」は嬉しそうにこう云うと、夜具の襟から顔を出した。「爺つあん」は酷く窶《やつ》れていた。ほとんど死にかかっているのであった。
ここは金龍山瓦町《きんりうざんかわらまち》[#ルビの「きんりうざんかわらまち」はママ]の「爺つあん」の住居《すまい》の寝間であった。
「どうだね「爺つあん」? 少しはいいかね?」
トン公は坐って覗き込んだ。
「有難えことには、可《よ》くねえよ」――「爺つあん」はこんな変なことを云った。
「おかしいじゃないか、え「爺つあん」? 可くもねえのに有難えなんて?」
すると「爺つあん」は寂しく笑い、
「うんにゃ、そうでねえ、そうでねえよ。俺らのような悪党が、磔刑にもならず、獄門にもならず、畳の上で死ねるかと思うと、こんな有難えことはねえ」
「へえ、なるほど、そんなものかねえ」トン公はどうやら感心したらしい。「だがね、「爺つあん」俺らにはね、お前が悪党とは思われないんだよ」
「ナーニ俺は大悪党だよ」
「でも「爺つあん」は貧乏人だと見ると、よく恵んでやるじゃないか」
「ああ恵むとも、時々はな。つまりナンダ罪ほろぼしのためさ
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