つ、1−8−75]」
「何を吠《ほざ》く! 死《くたば》ってしまえ!」
源太夫は伊太郎の襟上を掴むと、ズルズルと火の中へ引き込もうとした。
と、焔に狂気しながら、馬が一頭走り出して来た。
「嬲殺しだ! 思い知れ!」
伊太郎は馬の背へ括り付けられた。
「ヤッ」と叫ぶと源太夫は竹槍で馬の尻を突いた。
馬は驀地《まっしぐら》に狂奔し、湖水の中へ飛び込んだ。
ワッワッと云う鬨声《ときのこえ》。火事は四方へ飛火した。
5
湖水は猛烈に荒れていた。火事は益々燃え拡がった。物凄くもあれば美しくもあった。
紫錦は小舟に取り付いたまま浪の荒れるに委せていた。火事の光が水に映り四辺《あたり》が茫《ぼっ》と明るかった。
その時何物か浪を分けて彼女の方へ来るものがあった。
「おや、馬だよ。馬が泳いで来る」
いかにもそれは馬であった。
「おや。黒《あお》だよ、黒来い来い!」
紫錦《しきん》は喜んで声を上げた。
馬は馴染の黒であった。つまり彼女が芸当をする時、時々乗った馬であった。近付くままによく見ると誰やら馬の背にくくり[#「くくり」に傍点]付けられていた。それが恋人の伊太郎であると火
前へ
次へ
全111ページ中20ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
国枝 史郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング