仰有《おっしゃ》るやら。……でもきっと貴郎様は、おさげすみなさるでございましょうね。そうしてもうもうお屋敷へなど、お寄せ付けなされはしますまいね」
「どう致しまして私など、こっちから日参いたします」
「まあ嬉しゅうございますこと、嘘にもそう云っていただけると、どんなに心強いことでしょう」
 塀外を金魚売が通って行った。そのふれ[#「ふれ」に傍点]声が聞えてきた。それは初夏の訪れであった。
 後庭《こうてい》には藤が咲きかけてい、池の畔《みぎわ》の燕子花《えんしか》も、紫の蕾を破ろうとしていた。
 すると、その時縁側の方から、微《かすか》な衣擦れの音がした。
「お花か※[#感嘆符二つ、1−8−75]」と義哉は気不味《きまず》そうに云った。
「はい、お呼びかと存じまして」
「呼びはしない。向うへ行っておいで」
 お花の立去る気勢《けはい》がした。
 鍵を義哉へ預けたまま、お錦も間もなく帰って行った。
 その翌日の夕方であった。
 神田小川町の友蔵の家へ、お花はとつかわ[#「とつかわ」に傍点]と入って行った。
「兄さんこれなのよ[#「兄さんこれなのよ」は底本では「兄さんれこれなのよ」]、手箱の鍵は」こう云ってお花は鍵を出した。
 お錦が義哉へ預けて行った、例の手箱の鍵であった。ちょっとの隙を窺って、それをお花が盗み出したのである。
「どれ」と云うと友蔵はお花の手から鍵を取った。それから立ち上って隣部屋へ行き、地袋《じぶくろ》から手箱を取り出して来た。
 固唾を呑まざるを得なかった。何が箱から出るだろう? 高価な品物であろうかも知れぬ。それとも恐ろしい秘密だろうか?
 友蔵は鍵を錠へかった[#「かった」に傍点]。と、カチリと音がして、箱の蓋がポンと開いた。
 一葉の地図が入れてあって、そうしてその他には何にも無かった。
「地図じゃないの、つまらない」
 お花はガッカリして声を上げた。

26[#「26」は縦中横]

「そうでねえ」と友蔵は云った。彼は岡っ引という商売柄、こういうものには興味があった。そうして恐らくこの地図には、秘密があろうと考えた。
「うむ、こいつあ甲州の地図だ。……ははあ、こいつが釜無川だな。……おおここに記号《しるし》がある」
 釜無川の川岸に朱で二重丸が入れてあった。
 で、友蔵は腕を組み、じっと何かを考え込んだ。

 さてその翌日の早朝であったが、甲
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