の物が取り散らされてあった。
「でも本当とは思われないよ。そんな事をする人かしら?」
「恋は人間を狂人《きちがい》にしまさあ」
「だって妾《わたし》あの人に対して何もこれまで一度だって……それに妾達は従兄妹同志じゃないか」
「従兄妹であろうとハトコであろうと、これには差別はござんせんからね。……私《わっち》はこの眼で見たんでさあ」
「だってそれが本当なら、あの人それこそ人殺しじゃないか」
「だからご注意するんでさあね」
「ただの鼬《いたち》じゃないんだからね」
「喰い付かれたらそれっきりでさあ」
「恐ろしい毒を持っているんだからね」
「私《わっち》は現在見たんでさあ。裸蝋燭を片手に持って、ヒューッ、ヒューッと口笛を吹いて、檻からえて[#「えて」に傍点]物を呼び出すのをね。そいつ[#「そいつ」に傍点]を肩へひょいと載っけて、月夜の往来へ出て行ったものです。こいつおかしいと思ったので、直ぐに後をつけやした。それ私は四尺足らず、三尺八寸という小柄でげしょう。もっとも頭は巾着《きんちゃく》で、平《ひらった》く云やア福助《ふくすけ》でさあ。だから日中《ひのうち》歩こうものなら、町の餓鬼《がき》どもが集《たか》って来て、ワイワイ囃して五月蠅《うるそ》うござんすがね。折柄夜中で人気はなし、家の陰から陰を縫って、尾行て行くには持って来いでさあ。小さいだけに見付かりっこはねえ。で行ったものでございますよ。別荘作りの立派な家、そこまで行くと立ち止まり、ジロリ四辺を見まわしたね、それから木戸を窃《そっ》と開けて、入り込んだものでございますよ。で、しばらく待っていると、そこへお前さんとあの人とが、湖水《うみ》から上って来たものです。そこで鼬を放したというものだ」
「でもマア大騒ぎをしただけで、怪我はなかったということだから、妾は安心をしているのさ」
「ところが、あの人の母者人なるものが、気を失ったということですぜ」
「まあ、よっぽど驚いたんだね」
「おどろき、梨の木、山椒の木だ。が、ままともかくもこの事件は、これで納まったというものだ。そこでこれからどうしなさる?」
「どうするってどうなのだよ?」
「一度こっきり[#「こっきり」に傍点]じゃ済みませんぜ」
「じゃまたあるとでも云うのかい? 源ちゃん、そんなに執念深いかしら?」
「お前さんの遣り方一つでさあ」
「だって妾、これまでだって、随分
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